第13話 前略、階段踊り場にて
昼休み。渡り廊下先の別館。
人通りの無い階段踊り場でビーチェを追求する。
とにかく、「今すぐ、退学届けを出せ」と。
「皇子が一刻も早く帰還したいお気持ちはわかりました」
「そうじゃねぇ、おまえだけ退学しろ。俺はここへ残る」
「仰る意味がわかりません」
「そのままの意味だろ」
「襲われますよ。殺されますよ。共和派をなめてます?」
……その通りだった。俺は命を狙われている。その事実を忘れていた。
「あ、でも登校中は放置されていたぞ。おまえが来る、この時間までだ」
「そんなわけないでしょう。ちゃんとリズボーンが追跡しておりましたよ」
リズボーン……いや、父さん。一緒に家を出たのは確かだ。我が家のマイカー、型落ちで中古の軽自動車がバスの後方をついてきていたとは気づかなかった。
……だったら、乗せてくれてもいいだろう。
あの
「皆で皇子を見守っております」
ビーチェは自信満々に語る。
あ、いや待て。
違和感をおぼえ、目の前のちびっ子の躰をみまわす。
メイド服じゃないのは当然として──胸のサイズを除けば、ごく普通の中学生に見えるよな。
「な、なんですかあ。嫌らしい眼でみないでください」
「ば、ばか。違う。おまえ日本刀どうした?」
「やっぱりご不安ですわよねぇ。当然、背負って参上するつもりでした。玄関を出ようとしたらアマンダが止めるんですよ。ほんと、頑固なんだから」
「アマンダ……いや、母さんの言動はとても正しい。皇子として表彰してあげたい。っていうか、帰りにケーキでも買ってやろう」
「武具を持たぬ戦闘メイドなど戦闘メイドではないでしょう。そう抗議したら……」
「……したら?」
「ならば、『時空ポケットに入れて、わたしが学校のそばで待機致しましょう』だって」
「時空ポケット?」
「魔法スキルのひとつです。時空に穴をあけて異次元に収納しておけるのです」
そういえば……と、思い出した。
リボーンとアマンダがコンビニで武器の名を叫びながら取り出していた、あの恥ずかしいスキルか──あれ、でも、
「ビーチェ、おまえ自身で使えないのか。その時空ポケットってやつ」
「ですから、魔法スキルだと申し上げたでしょう。常に付き人が寄り添う王侯貴族が、自身で身につけるスキルではありません……あ、」
と口を手で被う。
「おまえはメイドだろ……メイド、なんだよな?」
「と、とにかくわたくしは、そのようなスキルは修得しておりません。しかしご安心ください。剣の腕は帝国で上位に入ります。皇子に危険な思いはさせません」
いや、じゅうぶん危険で怖い思いはしているぞ。
そんなことより、なにか重要なことを流さなかったか。アマンダが学校のそばで……なんだって?
俺は別館のベランダから外を見た。
電柱へ寄り添うように立つ黒いコートにサングラス姿の、どうみても怪しい、警察から職質されたあと「署で詳しく聞きましょうか」と連行必至の中年女性が視界にはいった。
「母さん、あなたは何をしているんだ」
「皇子、お腹好きませんか。お弁当食べちゃいましょう」
そうだな。とにかく現実を受け入れるしかなさそうだ──いや、現実逃避して飯を食おう。
教室へ戻るなりビーチェはあっという間に女子に囲まれ「一緒に食べようとおもって待ってたの」攻撃に怯んでいた。
むろん、それは良い徴候だ。昼飯友達が出来れば俺も気が楽になる。同じ室内に居さえすれば、なにも横に並んで食う必要はないからな。
鼻歌気分で弁当箱をあけた……速攻で閉じた。
「星野くぅん、一緒に食べようとおもって待ってたんだよ。おれたち友達だろぉ」
気味の悪いことを言いながら数人の男子が寄ってきた。なんだ、こいつら。今まで一緒に昼時間を過ごしたことなんてないだろう。
「ビーチェさんって可愛いなあ。おまえ親戚なんだってなあ、一緒に住んでるんだってなぁ、いいなぁ、ところで今日おまえん家に遊びに行ってもいいか」
「断る」
「えー、いいじゃん。ゲーム持ってくから、一緒に遊ぼうぜ。ビーチェさんも一緒に」
「だから、断る」
俺は弁当箱を持ったまま全速力で教室を飛び出した。
再び別館を目指す。振り返ると、計画通りビーチェが追って来ていた。
弁当箱を開け中身を見せる。
「なんだ、これは!」
「
「そうじゃない。いや、それはいい。ご飯のうえにケチャップで何を書いている」
「メイドはケチャップで文字を書くものだとアマンダが……ケチャップお嫌いでしたか?」
「だから、違うよ。ケチャップはむしろ好きだよ。俺が言いたいのは、」
「あ、」
横から声がした。視線をあげたそこに倉木祥子がいた。
「あ、」
俺も声が出た。弁当箱をゆっくり閉じる。
「可愛らしいお弁当ね。ひょっとして、ビーチェさんが作ったの?」
倉木がビーチェへ微笑む。
「もちろんですわ」
何故かビーチェが腰に手をあてどや顔で自慢した。
いや、待て。これはダメな展開だ。
「ケチャップで『大好き♡』だなんて。本当に仲良しなのね」
俺の青春はこの日、終わった。
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