第8話 この世界に幸あらんことを
頭上に
県営アパートの住人のために用意された小さな駐車場は、昼間のような明るさだった。
「おいおい、大丈夫なんか。近所の犬も吠えはじめたけど」
俺の心配なんて砂利道のアリ程度しか考えない戦闘メイドさまは「では……きほく、致しましおう」とコンビニで購入したアイスキャンディを頬張りながら口を動かした。
「食いながら喋るな、なに言ってんのかわからん」
「失礼致しました。『ガリガリアイスくん抹茶味』がことのほか魅惑的美味で、わたくしともあろうものが我を忘れてしまいました」
「いや、充分おまえらしいと思うぞ」
このメイド。どうやら、へっぽこらしい。
しかも戦闘狂のアブナイやつだと俺のセンサーは認識した。
見た目はカワイイ。背は俺の肩より低くて痩せっぽちだ。
白銀色の髪をツインテールにしたロリータフェイス。そんな子がアイスキャンデーを必死にガリガリやっている姿は微笑ましくもある──が、そんな容姿に騙されてはいけない。
白いエプロン姿の、このちびっ子メイドはモンスターに限らず相手が人間であっても平気で、その背に挿した日本刀でたたき切る。
それも楽しそうに。
まるで夏休みに家族で海へ遊びに来た子供がスイカ割りに興じるような、嬉しさ満点の笑顔で殺して回るのだ。
異世界とやらに行けば俺は皇子で命令し放題らしいから、こいつは危険人物Aランクに指定し遠くへ飛ばそう。
うん、そうしよう。身近に置いておけるわけがない。
「ここでの生活もこれで終わりかとおもうと、少し寂しい気もしますなあ」
父さんが誰に言うでもなく呟いた。
そういえば、俺が突然いなくなって明日から学校とか、どうなるんだ。一家失踪とか、騒ぎになるんじゃないか。俺の疑問にメイドが答える。
「大丈夫です。日付が変わると同時に原住民の記憶からは全て消え去ります」
「俺は忘れないよな」
「はい……、記憶消しましょうか?」
「いや覚えていたい。ここで暮らした日々、クラスメイトの顔……委員長の倉木祥子のことは忘れたくない」
「倉木……誰ですか。ははぁ、その原住民の記憶だけは消して差し上げます」
「馬鹿、やめろ。そんなことしたら許さんからな」
ビーチェは頬を膨らませ、なぜだろう少しムクれている気がした。
「この世界に幸あらんことを」
母さんが祈りを捧げた。俺たちが暮らした県営アパートに向かって。
「新入社員の女性とせっかく話を出来るようになったんだがなあ、残念……痛ッ!」
父さんが悲鳴をあげたので振り返ると、母さんからおもいっきり足を踏まれていた。
スマホの時計が22時になった。
考えてみれば、このスマホも使えなくなるんだよなあ。気に入ってたんだが……なかのゲームアプリだけなんとかならないかな。
あと写真もたくさん入っているんだが。
「向こうへ戻れば忙しい毎日です。遊んでいる暇なんてありませんわよ」
ビーチェは、なんだろう、やっぱり怒っているような気がする。
「怒っていません。小さな事でいちいち心を乱していては帝政をあずかることは出来ないと、皇后陛下から教わりました。これからは、わたくしもお側で支えるのですから気兼ねはいりません。なんでも本音で話し合えるように致しましょう。写真は……そうですね。写真くらいは、何とかさせましょう」
側で支える……だと?
それは権力を不当行使してでも断固拒否しよう。
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