第6話 アマンダとリズボーン

「わぁ、ここがコンビニですかぁ。明るくて綺麗」


 こんな顔も出来るんだ、とちょっと驚いた。

 無邪気なステップで店内へと入っていく。


「おお、ドアが自動で開きましたよ。皇子、すごいですよ、皇子っ!!!」


「おまえ、ちょっと黙ろうか。さすがに恥ずかしいぞ!」



 ビーチェはとつとつとレジへ向かうと「さあ、わたしと決闘してくださるのはどちらかしら」と笑顔で問い掛けた。


「こらこらこら……ッ!」


 なに考えてんだ、この女。

 レジのバイトくんたちも不思議な珍獣を見る目で首を傾げているだろ。


「ですから決闘で、ここの商品をゲットすべく……」


「決闘はせんでいい。今日のところは俺が奢ってやるから」


 ビーチェは胸元で両手の平を合わせながら「プレゼントを頂けるのですか」と感動したように頬を高揚させた。まったく現金な女だ。


「はっはっは、殿下もお金の心配は必要ありませんよ……なあ、アマンダ」


 父さんが母さんの名を呼んだ……って、おい。アマンダってなんだ。


「わたしの本名です。アマンダ・セラフェリオ」


「いやいや、星野真理恵だろ」


「そして、わたしはリズボーン・セラフェリオです。殿下」


「親父よ、あんたは星野誠司だろうが」


 個人経営の商事会社で経理やってる真面目なだけの男がリズボーン。60年代のアメリカのホームドラマかよ。なにがリズボーンとアマンダだよ、っていうかなんだアマンダって。

 日々を炊事洗濯に費やし、朝ドラと昼寝を趣味にしている県営アパート暮らしの専業主婦がアマンダ。似合わねぇ。




「皇子ッ」

 な、なんだ。

 ツインテールのコスプレメイドは急に、シリアスな声をあげた。背中の日本刀を抜く。


「おい、ここでそんなもの……」



「殿下は、わたくしめの後ろへ」


 父さんがオレの前に立ちはだかる。

 右手を空間の中に突っ込んでいる……突っ込んで?


 周囲の色味は落ちてモノトーンの世界に豹変していた。

 あのときと同じだ。俺が真っ黒いモンスターに襲われたときの世界だ。

 父さんが突っ込んでいた手を出したとき、その拳には大きな斧が握られていた。両手斧というやつだ。


「グレートアックス!」


 身の丈と同じサイズの巨大な両手斧を抱え上げると、生真面目サラリーマンの父さんは武器の名を叫んだ。


 ……思考が追いつかず──あ、あたまが痛い。


 なんなんだよ、これは!


 母さんも俺の真横に仁王立ちすると「殿下はわたしが護ります」と主張する。

 そしてその手にはいつの間にか鎖鎌が握られていた。先端にトゲトゲ鉄球がついているヤツだった。


「モーニングスター!」


 やはり武器の名を叫んだ。

 あたまが割れるように痛い。


 母さん、お袋さん、真理恵さんッ。

 あなたは四十過ぎてるおばさんなんだよ。歳も考えずコンビニの店内で何をやられているのか。

 レジを振り返る。バイトくんたちの姿は見えない。逃げ出したのだろうか。


「日本刀ッ!」

 それはわかってるぅ、おまえまでやる必要ないだろ。っていうか、さっきは名を叫ぶことなく一気に切り裂いただろう。

 ビーチェが不満そうに俺を見つめた。

「ジャパニーズソード!」


 言い方の問題じゃねぇ。


 っていうか、おまえ最初の第一印象から短時間で随分変わったぞ。

 本当はお調子者なだけのへっぽこメイドなんだろう。


「なにを仰るんですか。わたしはダ・ヴィスコンティの秘宝にして守護神。至高の戦闘メイド、ビーチェ・アルファーノです」



「おふたりとも注意して下さい。来ますよ」


 父さんがグレートアックスとかいう両手斧を握りしめながら静かに呟く。

 隣では母さんがモーニングスターなる鎖鎌をじゃらじゃらと弄びはじめた。

 ふたりとも普段着だ。どこから見ても一般庶民だ。仕事疲れのサラリーマンと生活疲れの主婦だ。それがグレートアックスだのモーニングスターだの異世界感バリバリの武器を手にヒーロー気取りだ。


 バイトくん達が逃げ出したレジの周囲が黒く侵食していく。空間に渦巻きのような黒いぐるぐるが浮かび、その周囲も引っ張られるようにひずんでいた。


 そこから、にょっきり顔を出したのはあの黒モジャのモンスターだった。軟体動物のような真っ赤な舌に杭のように太く鋭い牙。


「うわぁぁぁッ!」


 声が出た。

 トラウマだ。

 ビーチェのまえで恥ずかしくなってしゃがみ込んだら、ますます恥ずかしい気持ちがわき上がってきた。



「皇子の護衛が最優先です。命を賭して努めなさい」

 メイドの言葉に「「御意ッ」」と両親が声をそろえる。



 ここにきて理解したが、どうやらアマンダ……いや、母さんや父さんよりビーチェのほうが立場が上らしい。

 年齢などは関係ないのか。

 本当の両親のように俺を育ててくれた護衛官より、ポッと出のいかれメイドのほうが上官にあたるとは、何となく面白くない事実だった。

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