第5話 コンビニ・デート

 俺の17年余りの人生は今、危機に瀕していた──思い起こせば、それはわずか数時間前の出来事に端を発する。


 そのときの俺は、黒猫に睨まれた子鼠だった。

 おおきなモンスターが闇夜に溶け込む黒毛を逆立て突進してきた──途端に、バサッ!


 切っ先鋭いやいばは、まるで鯖を三枚に下ろすように一瞬で胴体をバラした。

 血飛沫が月光彩る青白い空を染め上げていく。


 妖艶なる陰影を照り返すは日本刀。紛れもなく、それは優美な波紋が入った日本刀だった。


 俺を助けてくれたのは古風なサムライ……ではなく、古式ゆかしい西洋のメイドだ。血染めのフリルをまぶした白いエプロンに──髪は白銀だった。

 コバルトブルーの清んだ瞳に外人さんかと思えば、流暢な日本語で「ごきげんよう、皇子さま」と声にしたのだ。





 それが、いま、「コンビニ、コンビニ、らんらんらーん♪」と意味不明なステップで月夜を歩いている。


 最初に出会ったときの、あの重厚感は何だったんだろう。こっちの性格が本物なのだろうか。それとも世を忍ぶ仮の姿ってやつか。いずれにせよ……



「聞きたいことは、まだある」


 突然「コンビニに行きたい」とねだるビーチェに根負けして、秋の薄ら寒い夜道を歩かされる。

 アパートから住宅街の歩道を通って10分程度。軽い散歩は脳の刺激に良いと聞くが──確かに重要なことを思い出したな。

 いや、思いついたが正確か。


 聞かずにはいられなかった。


「コンビニの噂は帝国にも届いています。コンパクトな店舗なのに日用品全てが揃っているだけでなくオリジナルグッズまで入手可能。しかも二十四時間営業。すごいです、すごすぎです。愚民が生み出した文化の極みです。体験しなくてはなりません!」


「……違う。俺が聞きたいのはコンビニのことじゃない」



「申し訳ございません、殿下。今夜でお別れです。ちゃんとした贈り物をしたかったのですが時間が御座いません。コンビニで間に合わせようとする見苦しい了見をお許し下さい」

 一緒についてきた母さんが神妙な顔で声をかけてきた。


「だから、ちがーうっ。いや母さんとコンビニなんて久しぶりだし、それはいいんだが……」


「わたしがお邪魔でしたか。両手に花とは羨ましいですなあ、はっはっは」


「父さんも違う。っていうか、ちょっと二人は黙っててくれ」


 お別れとか、なにを言ってやがる……泣きそうになるだろ。




 月の綺麗な夜だ。

 まだ浅い時間なので歩道にはコンビニ袋をぶら下げた大学生風の男や塾通いの小学生。一升瓶を小脇に抱えた赤ら顔のおっさんが千鳥足で歩いていた。

 俺が育った、俺の大好きな町の風景がそこにあった。


 晩秋の夜道を仲良し親子と……プラス1が歩く。


 と、いうかビーチェ目立ちすぎ。


 背丈がちびっ子サイズでツインテール。髪の色も現実離れしているから、幸いにも「子供がコスプレしている」と勘違いされているようだ。

 でなけれは即通報だろう。

 

 だってメイド服の背中にだぜ。


「そう、その日本刀だよ。異世界から来たんだろ、なんで刀なんだよ」


 ビーチェは「うーん、とぉ」人差し指を顎にあてながら空を仰ぐ。

「持って来たマジックソードが時限断層の隙間に挟まっちゃったんです。無理に抜こうとしたら折れてしまって」


「言ってることが良くわからんが、まあ折れたんだな。それで?」


「こっちの世界で武具を調達する場所は事前に聞いておりましたから」


「そうなんだ。それで日本刀か、……ってこの日本でそんな武器売買やってるところなんてあるのかよ」


「売買ではありませんよ。どのみち、から。決闘して戦利品として頂くんです」


「おい」


「ご心配には及びません。サバイバル訓練ひとつ受けていない愚民風情が、代々だいだいダ・ヴィスコンティ家を御守りしてきたアルファーノ家の者に勝てるはずはありません」


「だから、そうじゃないだろ」


「そこの頭目とうもくが悔し涙を流しながら、勝者たるわたくしに差し出したのがこのジャパニーズソード──日本刀っていうんですか。しなやかで折れにくくて切れ味も最高。なかなかの逸品ですわ」


「そりゃぁ、そうだろ。日本刀は……」


「他にも小さな鉛球を火薬で飛ばす武具もありました。彼らはチャカとかトカレフと呼んでいましたね。わたくしは剣使いなので必要ないと返しましたけど」


「トカレフって──おい。その場所って屋号に『組』とかいう文字が入ってなかったか?」


「ええ、ありました。なんだ皇子もそこで武具を調達なさっているので?」


「なさってるわけあるかーっ!」


 ヤバいところを襲撃しやがって。

 あとからお礼参りとか復讐に来ないだろうな。これじゃあ、ますますココにいられなくなったじゃないか。


 って、ちょっと待て。

 こいつ、なにか重大なことを、さらりと流さなかったか?


「おまえ、カネ……」


 ビーチェは「コンビニ、コンビニ、開いててよかったぁ♪」と無邪気なステップで一件の店舗に吸い寄せられていった。

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