第三話「悪魔の正体は誰だ!」

1.一匹見かけたら、十匹はいると思え!

 マミルから発生したシャドウを退治し、彼女の中に残っていた「シャドウの種」の問題も解決した、その翌日。

 カエデは「今日はゆっくり勉強できそうだわ」と、ルンルン気分で登校したのだが――。

「……あ、あれ?」

 校門を潜るなり、カエデは言いようのない違和感に襲われた。

 「何か」が変だった。上手く言葉にできないが、学校の雰囲気が全体的におかしかったのだ。

 そして。


『――カエデ! カエデ! 聞こえているかい?』

『……そろそろ来る頃だと思ってたわ』

 カエデが昇降口に辿り着いた頃、ガトーからの「念話」が入った。

『アンタが話しかけてきたってことは、アレね? この気配は、シャドウのものね?』

『そうだ。今朝になっていきなり、君の学校の辺りからシャドウの強い気配が漂ってきた。これは、ただ事じゃないよ』

『……アタシはどうすればいい?』

『今、君の学校に大急ぎで向かっている。君はとりあえず、気付かないふりをして普通に過ごしてほしい。――決して、一人でなんとかしようなんて、思っちゃだめだよ』

『分かってるわよ。アタシだって、危ないのは嫌だからね』


 ガトーとの会話をいったん打ち切って、校内を進む。

 あちらこちらで、シャドウの物と思しき怪しい気配が漂っている。

 教室に着くまでの間、カエデは生きた心地がしなかった。

「お、カエデ~。はろはろ~」

「おはよう、コハル。今日は早いのね」

 教室に入ると、親友の白波浜しらなみはまコハルが話しかけてきた。

 コハルはカエデの、幼稚園からの親友だ。

 大人っぽい容姿をしていて、背も凄く高い。よく中学生と間違われているくらいだ。

 それでいて、コハル自身はのんきというか、のほほんとした大らかな性格だ。

 そのせいで、見た目と中身のギャップが凄い。

 いつもは遅刻ギリギリに登校してくるのに、今日は何故か、カエデよりも早く来ている。


「ん~? 今日はね、なんか、学校に早く来なくちゃいけない気がしたの~」

「……どうせなら、遅刻してくれれば良かったのに」

「なんか、言った~?」

「なんでもないわよ」

 シャドウがいつ出現するか分からないのだ。できれば、コハルには危ない目にあってほしくない。

 本音を言えば、「今からでも家に帰りなさい」と言ってやりたいくらいだった。

(ガトー……早く来てよ!)

 シャドウは、悪い心を植え付けるために他の人間を襲う。

 だが、時間を停止させれば、シャドウは人間に危害を加えられなくなる。

 だからガトーは、シャドウの出現を確認すると、すぐに時間を止めているのだ。

 けれども、今そのガトーはいない。急いでこの学校へ向かっているところだ。

 もし、ガトーが不在の時にシャドウが発生してしまったら――。


「あれ~? アレ、なんだろ~?」

 その時、コハルが窓の外を指さして不思議そうな声を上げた。

 「まさか」と思いながら、カエデは急いで窓に駆け寄り、目撃した。

 ――校庭のど真ん中に、シャドウがいた。しかも、一体だけではない。

 二体、三体、四体……全部で五体もいた。

(ちょっと、冗談でしょ……?)

 予想していた最悪の事態が起きてしまい、カエデの頭の中が真っ白になる。

 そうこうしている間にも、クラスメイトたちもシャドウの存在に気付き、物珍しげに窓から眺め始めた。


 ――それに呼応するように、五体のシャドウが一斉に校舎の方を向いた。

(ま、まずい!)

 カエデがそう思った時には、もう手遅れだった。

 五体のシャドウが、短距離走の選手みたいな速さで、校舎に向かって走り出していた。

 校舎の中にいる人間に、狙いを定めたのだ。

「あれ~? なんか、黒いのが動き出したよ~? なにあれ? 動画の撮影かなにか~?」

「コハル! もしかしたら不審者かもしれないから、顔出さないで! ほら、アンタたちも!」

 カエデがコハルたちクラスメイトに叫ぶ。

 こういう時に限って、学級委員のマミルは休みだ。昨日のこともあって、今日は自宅で安静にしている。

 カエデがみんなに指示を出すしかなかった。


『不審者だってよ! 見に行こうぜ!』

『ばっか! ナイフとか持ってたらどうするんだよ!』

『そんなの、俺の空手でやっつけてやるさ! ガハハ!』


 しかし、一部の男子は「不審者」という言葉にかえって興味を持ってしまったようだった。

 乱暴者の伊藤などは、掃除用具入れからホウキを取り出して、剣に見立てて素振りしている。

 校庭に向かう気満々だった。

(どうしよう! アタシじゃ、このバカ連中を止められない!)

 一体、どうすれば男子の暴走を止められるのか? カエデが混乱する頭で一生懸命考え始めた、その時。

「え~? やめたほうがいいと思うよ~?」

「なんだよ、コハル。女は黙ってろよ!」

 なんと、コハルが伊藤たちを止めようとし始めた。

 しかし、伊藤たちはコハルのことをなめていた。言うことを聞く訳がない。

 だが――。


「あいつら、パッと見でも五人はいるよ~? それに、武器とか持ってたら、逆にやられちゃうんじゃない?」

「どうせ、そこいらの変なオッサンとかだろ? 俺たちがぶん殴ってやれば、逃げるって」

「そのホウキで戦うの~?」

「おうよ!」

「相手がピストルでも~?」

「え、ピ、ピストル……!?」

 コハルの言葉に、伊藤の顔が引きつった。他の男子たちも同様だった。


「そ、そんな! 日本でピストル持ってる奴なんて、普通はいないだろ!」

「ええ~? 小学校に乗り込んでくる真っ黒な恰好した五人組は、普通なの~?」

「うっ、それは……」

「それにね~? コハルの伯父さん、警察の人なんだけど~? お隣の街で、けんじゅーごーとー? っていうのがあったんだって~」

「けんじゅーごーとー……? 拳銃強盗か!」

「そう、それ~。何人かピストルで撃たれて、死んじゃったって~。テレビでもやってたよ~? 伊藤くんたち、ニュースとか見てないの~?」

「……わ、わかったよ。大人しくしてる」

「よろしい~」


 なんと、コハルが伊藤たちを大人しくさせてしまった。

 あまりにも鮮やかな手並みに、傍で見ていたカエデは何も口を挟めなかったくらいだ。

「こ、コハル。アンタって凄かったのね……」

「ええ~? 褒めてもなんにも出ないよ~? それよりさあ、カエデ~」

「なぁに?」

「あの黒い恰好の人たち、もう校舎の中に入っちゃったみたいだよ~?」

「げっ」

 伊藤たちに気を取られて、カエデはすっかりシャドウたちの姿から目を離してしまっていた。

 慌てて窓の外を見るが、コハルの言葉通り、既にシャドウたちの姿はない。


(仕方ない。覚悟を、決めるか)

 カエデはぐっと拳を握りしめると、クラスメイトたちに指示を飛ばした。

「見ての通り、不審者が校内に侵入したわ! アタシは先生たちに知らせてくるから、アンタらは教室のドアをしっかり締めて、立てこもるのよ!」

「はぁ? なんでカエデに命令されなきゃ――」

「いいから! 伊藤、アンタが中心になって、ドアを閉めたら内側にバリケードを作るのよ!」

「バ、バリケード?」

「机とか椅子とか、ドアの前に積み上げて簡単に入れないようにするのよ! 他のクラスにも同じことを伝えて! 任せたわよ!」

「え、ちょっ、いきなりそんなこと言われても――」


 伊藤は何やら混乱していたが、構っている暇はない。

 カエデは教室を飛び出すと、一階を目指して走り始めた。

 六年生の教室は最上階の四階にある。急がなければいけない。


 一階にいるのは一年生ばかりだ。シャドウの姿を見れば、パニックになって逃げることもままならないだろう。

 この学校でシャドウのことを知っているのは、カエデだけだ。カエデがなんとかしなければ、一年生たちはシャドウの餌食になってしまう。 


「ちょっと、カエデ~! あぶないよ~!」

 背中越しに、コハルのそんな声が聞こえた気がした――。

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