3.容疑者がみんな怪しすぎる!

 午後の授業が始まった。

 相変わらず、教頭先生はやる気がないようで、授業中だというのに教室は騒がしかった。

 ――カエデにとっては、それが逆にありがたくもある。

 だが同時に、マミルの心中を思うと複雑でもあった。


『ガトー。マミルの話によるとね、最近特に素行が悪くなったヤツが、三人いるんだって。こいつらが容疑者ね』

 カエデは、その人物を目線でガトーに教えながら、三人の名前を挙げていった。

『まずは、乱暴者の伊藤。こいつは前から悪さばっかりしてるヤツなんだけど、この間から更に酷くなったらしいの』

『この間? なにか、あったのかい』

『うん。高熱と咳が出てるのに、親に隠して学校来ちゃってね。ナントカってウイルスに感染してたらしいんだけど、それが先生に移っちゃったらしくて……』

『もしかして、カエデたちの担任の先生が休んでるのって』

『そっ。伊藤のバカに移されて、重症化しちゃったらしいの』


 マミルが言うには、担任の先生は入院までしたらしい。

 もう退院しているらしいが、とても学校までは来られないくらい、まだ具合が悪いそうだ。

『伊藤のヤツ、それで親にすっごく怒られたらしいのよ。それで、前よりイライラしてるんだって。自分が悪いのにね』

『なるほど。十分に候補になりそうだね。他の二人は?』

『一人は、教室の隅の席でニヤニヤしてる佐々山。あいつ、最近やたらと女子の体を触ろうとするんだって』

『……それはいけないね。カエデは大丈夫だった?』

『うん。前に別のヤツがお尻触ってきた時に、ボッコボコにしてやったから。それ以来、男子は誰も近寄ってこないよ』

『そ、そうなんだ……』

 カエデが男子を一方的にボコボコにする光景を想像し、ガトーは少し身震いした。


『あとの一人は、ほら、あの派手な女子。高坂さんって言うんだけど、六年生になってから、悪い友達と付き合ってるらしいの』

『悪い友達?』

『なんか、隣町の駅前をたまり場にしてる、中学生の女の子たちだって。夜遅くまで、家に帰らない日もあるそうよ』

『それは……色々と心配だね』

『別に? 仲良かったことないし、他の女子からも嫌われてるよ』

『そ、そうなんだ……』

 女子の世界には色々ある。男子であるガトーには、分かりにくい世界なのかもしれない。

 ガトーは深く考えるのをやめた。


 とにもかくにも、これで容疑者が三人出揃った。

『よし。じゃあ僕は授業の間、彼ら三人の様子を探ってみるよ』

『えっ。これだけ絞っても、まだ分からないの?』

『シャドウの気配は、空間全体に広がってしまうからね。「この教室の中の誰か」までは分かる。けど、個人の特定は、きちんと観察しないと判断が付かないんだ』

『ふ~ん。じゃあ、あいつらの様子を観察して、あからさまに怪しい奴を狙い撃ちする感じ?』

『そうだね』

『なんかまどろっこしいなぁ。それさあ、「浄化の光」で三人まとめてやっつければいいんじゃないの?』

『やっつけるとか言わない。でも、それはおすすめできないかな』

『なんで?』

 当然の疑問だった。なんなら、時間を止めて、その間にクラスメイト全員に「浄化の光」を当てて回ってもいいくらいだ。

 けれども、どうやらそれは良くないらしい。


『「浄化の光」をシャドウの発生源じゃない人に当てると、そこで消えてしまうんだ。だから、標的を狙い済まして当てる必要がある』

『げっ。それ、かなりの弱点じゃん。先に言ってよ』

『ごめん。だから、一人ずつ「浄化の光」を当てていく必要があるんだけど、最初の一人が外れだった場合、まずいことになるんだ』

『どうなるの?』

『シャドウが僕らの攻撃に気付いてしまって、早めに出現してくる可能性が高い。そうなると、発生源の人に「浄化の光」を当てるだけじゃ、済まなくなる』

『ああ、つまりまたシャドウと直接戦わなくちゃいけなくなるってこと?』

『そういうこと』


 できればシャドウと戦わずに済ませたい。なにより、あの気持ち悪い姿は二度と見たくなかった。

『ガトー、頼んだわよ!』

『うん。できれば、放課後までには当たりを付けたいね』

 そう言い残して、ガトーが教室の中を歩いていく。どうやら、例の三人を順繰りに見て回るらしい。

 うまくガトーが発生源の本命を見付けてくれれば、カエデは戦う必要が無くなる。

 けれども、もし見付からなかったら……。

 カエデは胃の辺りがキュッと痛むのを感じた。


   ***


 ――そして、放課後。

「カエデ。残念ながら、彼ら三人の中にはシャドウはいないみたいだ」

「ええっ……」

 誰もいなくなった教室で、ガトーの口から文字通り残念なお知らせが伝えられた。

「確かに彼らの中には悪い心があった。でも、あれは彼らが元々持っているものだね」

「そういうの、分かるの?」

「なんとなく、だけどね。シャドウの発生源になる人は、もっと不自然に悪いことをするんだ」

 「不自然に悪いことをする」というのは、なんとも聞きなれない言葉だった。


「不自然に? 例えば?」

「そうだね。例えば、真面目に過ごしていたのに、突然暴れ出す、とか」

「ああ、それは確かに不自然ね。他には?」

「あとは、他人の話を聞いてくれなくなる、かな。一方的に、自分の考えや思いだけを他人にぶつけるようになる。もっとも、これは末期症状だけど」

「末期……つまり、もうシャドウが発生しちゃう直前ってこと?」

「そういうことだね。その状態だと、『浄化の光』で攻撃しようとしても、避けられてしまうだろうね」

「マジかー。じゃあ、その前に見付けないとね。といっても、次の機会は明日か。何か作戦立てる?」

「……しっ。カエデ、誰かがこの教室に近付いてるみたいだ。この気配は――」


 ガトーが何か言いかけた時のことだった。

 閉めておいた教室のドアを開けて、誰かが入って来た。

「カエデ? まだ学校に残ってたんだ」

「……そういうマミルこそ。委員会の仕事?」

「ええ。教頭先生が私たち学級委員に仕事を丸投げするものだから、手間取っちゃって」

 入って来たのは、マミルだった。

 委員会には帰り支度をしてから向かったのか、きちんとランドセルを背負っている。

「忘れ物かなにか?」

「ううん。教室の窓の鍵がちゃんと閉まってるか、確認しに来たの。そうしたら、誰かの話し声が聞こえてきたから。――カエデ、誰と話してたの?」

「えっ!? ち、違うよ。教科書を音読してたのよ。暗記するには、それが一番だから」


 咄嗟に誤魔化すカエデ。ガトーは既に姿を隠していた。

 「念話」の時と違って、普通に話している時のガトーの声は、カエデ以外にも聞こえてしまう。

 まさか、マミルに聞かれてしまうとは。もう誰も教室に来ないだろうと、油断し過ぎていた。

「そうなんだ。男の子の声が聞こえた気がしたんだけど」

「あ、あははっ! それもアタシだよ。『ごん、おまえだったのか。いつも、栗をくれたのは』って。ほらね?」

  慌てて、ちょっと低めの男のみたいな声を作るカエデ。しかし――。

「……『ごんぎつね』って、今の教科書に載ってたっけ?」

「えっ!? ほ、ほら。復習の為に昔の教科書の内容もやってるのよ!」

「ああ、なるほどね」


 かなり苦しいいい訳だったが、どうやらマミルは納得してくれたらしい。

 カエデは、ほっと一息ついたのだが――。

「あ、そうだカエデ。例の件、今話しても、いいかな?」

「例の件? なんのこと?」

「ほら、クラスの中で、最近様子が変な人がいないかって話」

「ああ、あれ? 何? 他にも様子が変なヤツでもいた?」

「いるにはいるけど、中心はやっぱりあの三人なの。あの人たちをどうにしかしないと……」

「どうにか、する? ごめんマミル。何の話かな?」


 どうにも話がずれていた。

 カエデはマミルに、「様子が変なクラスメイトがいないか」を尋ねただけだ。

 もちろん、シャドウ云々のことはマミルには伝えていない。

 それなのに、「あの人たちをどうにかしないと」なんて、物騒な言葉が出てきたのは、何故だろうか。

「えっ、だってカエデ。最近、クラスが騒がしいのを、気にかけてくれてたんでしょう? それで、騒いでる中心の人たちを、どうにかしようって思ってたんじゃないの?」

「……ごめん、マミル。アタシ、別にそんなつもりで訊いた訳じゃないんだけど」

「えっ……?」


 途端、それまでにこやかだったマミルの表情が固まった。

 目は大きく見開かれ、「信じられない」とでも言いたげな表情で、カエデを見ている。

「なにそれ。なにそれなにそれなにそれなにそれ! 私の、私のことを心配してくれたんじゃないの! クラスのことを考えてくれたんじゃないの! じゃあなんで、あんな、気を持たせるようなこと言ったのよ! カエデの裏切者!」

「えっ……。ちょっと、マミル? いきなりどうしちゃったのよ――」

「黙りなさいよ! 私が毎日毎日毎日毎日! 毎日! 教頭先生のしりぬぐいさせられて! 暴れる伊藤くんやエッチなことばっかりしようとする佐々山くんや、不良の高坂さんに、私だけが注意して! 無視されて! どうしようもなくて! それでも『委員長だから』って、なんでもかんでも押し付けて! もう沢山なのよ! ああああああああああっ!!」


 ――突如、声を荒らげてまくし立てたマミルの姿を前に、カエデは呆気に取られてしまった。

 あの、真面目で優しくて責任感の強いマミルとは思えない乱れようだった。


「カエデ!」

 そこに、ガトーが姿を現した。

「ちょっとガトー! マミルがいるのに出てきちゃ――」

「そんなこと言ってる場合じゃない! 彼女だ!」

「えっ?」

「だから、彼女がシャドウの発生源だ!」

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