2.黒猫ガトーは透明にもなれる!

 ――そして昼休み。

 カエデが屋上に通じる階段を上がっていくと、ガトーがちょこんと座って待ち構えていた。

 チラリと屋上に出るドアを見るが、きちんと鍵が閉まっている。カエデの家に侵入した時もそうだったが、一体どうやって入っているのやら。


「やあ、ちゃんと来たねカエデ」

「そりゃあね。サボったら、アンタどこまでも追ってくるんでしょ?」

「ははっ。カエデはそんなことしないって信じてるから、大丈夫だよ」

 キリっと、男前な声でそんなことを言い出すガトー。俗に言う「イケボ」という感じだった。

 カエデは、不覚にもちょっとだけときめいてしまい、慌てて頭を振った。

(しっかりしなさい、アタシ! 相手は怪しい猫よ!)

「どうかしたのかい? カエデ。ぶんぶんと頭を振って」

「なんでもない! それより、昼休みは短いんだから、早速見回りを始めるわよ!」


 突然、不機嫌になってさっさと階段を下りてしまうカエデ。

 ガトーはそんな彼女の態度の意味が分からず、首を傾げるばかりだった。


   ***


 犬山田小学校は、四階建てのコの字型をした建物だ。

 四階には五、六年生の教室と音楽室など。

 三階には三、四年生の教室と理科室など。

 二階には二年生の教室と図書室、家庭科室。

 一階には一年生の教室と職員室、図画工作室などがある。

 カエデたちは、四階から順に歩いて、シャドウの気配を探ることにした。


『ねえ、ちょっと。本当にアンタの姿、誰にも見えてないの?』

『もちろん。学校の中を猫が歩いてたら、誰だってびっくりするだろう? でも、今のところ誰も気付いてさえいない』

 例の「念話」で、心の中だけで会話を交わす。

 今、ガトーはカエデを先導するように前をトテトテ歩いている。カエデの目には、いつもの黒光りするガトーの姿が見ていた。

 けれども、不思議な事に、周囲の人たちにはガトーの姿が見えていないのだという。

 確かに、すれ違う人達はカエデの方に目を向けることはあっても、ガトーの方を見てはいない。

 ガトーの話を信じるしかなかった。


『……ふむ。やっぱり四階には、シャドウの強い気配を感じるね』

『じゃあ、シャドウの発生源になる奴は、五、六年生の誰か?』

『それはまだ分からないよ。他の階も見回ってみてから判断しよう』

『ええ~、それ面倒くさくない? なんかこう、ばぁ~! って一瞬で終わる方法は無いの?』

『こういうものは、勉強と同じさ。手を抜いて楽をしようとすると、全くものにならないんだ』

『コツコツやるのが一番確実ってこと?』

『そういこうとさ』


 こんな調子で、一人と一匹は学校中を歩き回って、シャドウの気配がないか探し続けた。

 三階も二階も異常なし。やはり、今のところ四階が一番強い気配を感じるようだった。

 だが、一階の職員室前の廊下を歩いている最中に、ガトーがふと足を止めた。

『え、どうしたのガトー』

『……いや。職員室からもシャドウの気配がする』

『ええっ!? じゃあ、四階じゃなくて、こっちが当たり?』

『いいや、こちらの反応はとても小さいんだ。まだシャドウが生まれる程じゃない。予備軍ってところだね』

『予備軍?』

『将来的に、シャドウの発生源になるかもしれない人たちってことさ。恐らくは先生たちの誰かだろうね』

『特定はできないの?』

『反応が弱すぎて、無理だね。……先生って、結構ストレスの多い仕事だからね。誰か心を病んでる人がいるのかもしれない』


 そう言いながら、職員室の開け放たれたドア越しに中を覗き込むガトー。

 心なしか、その背中がとても寂しそうに見える。

『とりあえず、今の僕らにできることはない。どの先生かは知らないけど、自力で回復してもらうのを祈るしかないね』

『先生も大変なんだね』

『そりゃあそうさ。担任ともなれば、何十人もの子供の面倒を一人で見なきゃいけないんだ。自分が同じことをやるところを、想像してごらん?』

 ガトーに言われて、頭の中で教師になった自分を想像するカエデ。

 ――今朝の学級崩壊気味なクラスを前に、おろおろとする自分の姿が見えた。

『……今度から、先生たちにはもっと優しくするわ』

『そうするといい』

 そんな会話を交わしながら、カエデたちは職員室を後にした。


   ***


『――さて、一通り学校の中を見回ったけど。カエデに悪い知らせだ』

『え、なに? あんまり聞きたくないんだけど』

『結局、シャドウの気配が一番強かったのは四階だった。しかも、カエデの教室の中だ』

『げげっ。じゃあ、ウチのクラスの中にシャドウの発生源になるヤツがいるってこと?』

『そうなるね』

 階段を器用に上りながら、ガトーがカエデに残酷な事実を告げた。

 どうやらガトーは、カエデの教室に向かおうとしているらしい。


『カエデに心当たりはないかい? 例えば、最近になって悪さばかりするようになった子とか、やけにイライラしてる子とか』

『あると言えばあるけど……う~ん。友達以外のヤツらには、あんまり興味ないからなぁ』

『友達には、そういう子はいないのかい?』

『アタシの友達だよ? 悪いヤツなんている訳ないよ』

『へぇ。友達思いなんだね』

 またまた、ガトーがそんな恥ずかしいことを言ってきた。

 「この黒猫、実はちょっとキザなのでは?」等と思ったが、幸いにしてカエデのそんな思考は、ガトー本人には伝わらなかったようだ。


 そうこうしている内に、一人と一匹はカエデの教室へと辿り着いていた。

 昼休みはもうすぐ終わる。クラスメイトの殆どは教室に戻っていて、次の授業の準備を始めたり、友達と雑談などしている。

(この中の誰かが、あの気持ち悪いシャドウを生み出してしまうんだ)

 そう考えると、途端に誰もかれもが怪しく見えてくるから、不思議だ。

 もちろん、カエデの友達は例外だが。

 ――と。


「あれ? カエデ、お昼休み中どこ行ってたの?」

 教室に入って来たカエデの姿に気付いて、マミルが話しかけてきた。

 流石は委員長。もう次の授業の準備は万端なようで、机の上には必要な物が全て並んでいる。

「ああ、うん。ちょっと運動不足だったから、学校の中を歩いてきたんだ」

「へぇ。そっか、カエデは元々野球やってたんだもんね。やっぱり、たまには体を動かしたくなるものなんだね」

 適当に誤魔化したのだが、マミルはなんだか勝手に納得してくれた。

 カエデの心に、ほんのちょっとだけ罪悪感が湧いた。


 マミルとカエデは、低学年の頃からの友達同士だ。 

 以前は、学校の外でも一緒に遊んだりしたものだった。 

 カエデが出場した野球の試合に、マミルが応援に来てくれたこともあった。

 けれども、小六になってからは、あまり遊んでいない。カエデが受験勉強に忙しくなってしまったからだ。

(そういえば、マミルとちゃんと話したのって久しぶりかも)

 マミルはマミルで、学級委員の仕事が大忙しなようだった。

 担任の先生がお休みに入ってしまったこともあって、学級委員のやることも増えてしまったらしい。

 今朝だって、ふざけて騒ぐクラスメイトを注意していた。本当なら、あれは教頭先生の仕事なのに。


(……あ、そっか。マミルなら、クラスの連中の様子も詳しく知ってるかも?)

 ふと、そんなことを思い付き、カエデはマミルに尋ねてみることにした。

「ねえ、マミル。ちょっといい?」

「え、なぁに? もうすぐ次の授業始まるよ」

「時間はとらせないから」

 そう言って、カエデはマミルを教室の外に連れ出した。他のクラスメイトに聞かれないようにする為だ。


「あのさ。クラスのヤツでさ、最近ちょっと様子が変なヤツとか心当たりない?」

「様子が変?」

「うん。いつもイライラしてるとか、やたら悪いことするヤツとか」

「ああ、カエデもやっぱり気になってたのね」

「えっ? う、うん。そうなの」

 カエデとしては、シャドウの発生源になりそうな人間を探しているだけで、別に気になっていた訳ではない。

 ……ないのだが、ここは話を合わせておくことにした。

「ええとね、まずは――」

 マミルは休み時間ギリギリまで、クラスの「気になる人」を教えてくれた。


(これでようやく、目途がついたかな?)

 そんな風に呑気に考えるカエデ。しかし、事態は彼女の予想に反して、厄介な方向に進みつつあった――。

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