第二話「お約束? 学校内にシャドウの気配!」
1.黒猫は、いつでもどこでもやってくる!
「神様の使い」などと名乗る、怪しさ大爆発な黒猫ガトー。
彼と出会い、シャドウと戦った翌日。カエデは普通に登校していた。
カエデが通うのは、玉倉市立「犬山田小学校」。いわゆる普通の公立校だ。
カエデの住む玉倉市は、比較的治安の良い街だ。なので、犬山田小の児童たちも、お行儀の良い子が多い。
だが――。
「わ〜バッカで〜! ひっかかってやんの〜」
「いや、そこでそのカードはずるいだろう!」
「ねぇねぇ、昨日の生配信観た?」
「タマクラマンのやつ? 観た観た! チョ〜良かったよね!」
カエデのクラスである六年二組では、授業中だというのに、殆どの児童がまともに聞いていなかった。
何かのカードゲームで対戦したり、昨日観た動画配信の話をしたり。カオスそのものだ。
当の先生はというと、特に注意することもなく、独り言のように授業を進めている。
「え〜、この時代の日本には、邪馬台国という国がありまして、卑弥呼という女王が治めていたんですね。卑弥呼は魏、今で言う中国にあった大国に使者を送り――」
キュッキュッと音を立てながら、ホワイトボードに淡々と板書をしていく先生。
実はこの先生、カエデたちのクラスの担任ではない。教頭先生なのだ。
担任の先生は、数日前から体調を崩し、学校を休んでいる。かなり具合が悪いらしく、休みは長期になるかもしれないそうだ。
そんな訳で、教頭先生が代理として授業をしてくれているのだが、見ての通り全く役に立たない。
カエデとしては、小学校で習う範囲は既に予習済みなので、別に困りはしない。
けれども、まともに授業を受けたい人たちはこれでは困るだろう。
完全な学級崩壊だった。
とはいえ、カエデには、それをどうこうしようという気はない。
きちんと授業を受けたい人たちには気の毒だが、騒いでる連中はクラスでも厄介な人たちだ。
カエデが注意したところで、言うことなど聞かないだろう。
それに、下手に注意して逆恨みされるのも嫌だ。カエデには、そんな暇はないのだ。
――と。
「ちょっとみんな、静かに! これじゃ授業にならないでしょう!」
一人の女子が立ち上がり、そう叫んだ。小柄で細い、メガネに三つ編みの二つおさげ髪の女の子だ。
学級委員の東緒方マミルだった。
その小さな体を震わせて、クラスの全員を睨みつけるように見回していた。
途端、教室の中が静かになる。
マミルはとても優しい子だ。親切で真面目で、困っている人がいたらいつも助けてくれる。
だから、クラスメイトの殆どはマミルのことが大好きだ。そんな彼女に叱られたら、黙るしかない。
みんな、マミルに嫌われたくはないのだ。
「教頭先生! 教頭先生も、きちんと注意してください! 真面目に授業を受けたい人が、損をします!」
「あ〜、すみませんね。最近、すっかり耳が悪くなってしまって、気付きませんでした。これからは気を付けますね」
ペコリと頭を下げながら、謝る教頭先生。
一見すると「子供にもきちんと謝れる偉い大人」にも見える。けれども、違った。
教頭先生は見た目は老けているけれども、まだ耳が遠くなるような年齢ではないのだ。
騒ぐ児童たちを注意しなかったのは、ただ単に面倒臭いだけだった。
その後、教室の中は静かになった。
けれども、多くの児童はこっそり遊んでいたり、ノートの切れ端で作った手紙をやり取りしたりと、真面目に授業を受けていない。
マミルも気付いていたようだが、自分のノートを取るので精一杯で、注意できずにいるようだ。当然、教頭先生は何もしてくれない。
(まあ、私もマミルに怒られる方なんだけどね。ごめんね)
心の中でマミルに謝るカエデ。実は、カエデも真面目に授業を受けていなかった。
広げた教科書の下に、塾の課題テキストを隠して、こっそり受験勉強をしていたのだ。
正直、教頭先生が適当な人で、カエデは助かっていた。受験勉強が、実にはかどる。
と、その時。
『そういうのは、ちょっと感心しないな、カエデ』
そんな聞き覚えのある声が響いた。
ちらりと周囲を窺うが、クラスメイトの誰も今の声が聞こえた様子がない。
その様子から、カエデは、この声が自分の頭の中だけで響いたのだと判断した。
――で、無視して勉強を続けた。
『おーい、ちょっと。カエデさーん? 聞こえてるよね〜?』
「……」
『とぼけてないで、返事をしてください〜』
「……」
『あんまり無視してると、勉強教えてあげないよ〜』
無視するが、声は止まない。仕方がないと覚悟を決めると、カエデは頭の中で言葉を思い浮かべた。
『ええと、これでそっちに聞こえてるのかな?』
『おお、いきなり「念話」を使いこなすなんて、流石はカエデだね』
『念話?』
『テレパシーとも言う。こうやって、心の声だけで会話する能力のことだよ』
『ふ〜ん。確認だけど、これって余計なことは伝わってないわよね?』
『もちろん。あくまでも、相手に伝えようと思った内容しか伝わらないよ。心が読めるとかじゃないから、安心して』
どうやら、ガトーの言っていることは本当らしい。
実はカエデは、先ほどから心の中で「疫病神」だとか「不幸を呼ぶ黒猫キター!」だとか、散々ガトーの悪口を思い浮かべていたのだ。
ガトーの性格上、それらの言葉が聞こえていたら、まず怒るはずだ。それが、怒っていない。
ということは、カエデが「伝えたくない」と思っている心の声は、ガトーに伝わっていないと判断できる。
『で、何よ? 授業中なんだけど』
『どうせ真面目に受けてないじゃないか』
『受験勉強は真面目にやってるわよ』
『はぁ……まあ、いいよ。手短に言うよ。この学校に、シャドウが現れる気配があった』
『げっ、マジ?』
『マジもマジ。大マジだよ。だから、早速協力してほしいんだ』
『何をすればいいの?』
『昼休みに、一緒に学校の中を見回ってほしいんだ。シャドウの発生源になる人物の気配があれば、それで分かる』
『ま、しょうがないか。学校でアレが暴れたら大変だし。ところでガトー、アンタ今どこにいるのよ』
『屋上で待機している。給食を食べ終わったら、屋上の扉の前まで来てほしい』
『分かったわ。じゃあ、後で』
ふと気付くと、授業が終わりに近づいていた。
今はまだ、一時限目。昼休みまで、十分に時間がある。
(今の内にもっと受験勉強を進めておくか)
カエデは、残りの教頭先生の授業を、全く聞かないことに決めた。
ガトーに知られたら、またお小言を言われそうだ。
だが、幸いにして、彼の耳には届かなかったらしく、ガトーの声は聞こえてこなかった――。
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