幕間

「じゃあ、今日のところは帰るね、カエデ。シャドウの気配を感じたら、連絡するから」

「連絡って、どうやって?」

「それは、その時のお楽しみ。じゃっ!」

 まだ何か言いたげなカエデをよそに、ガトーの姿がかき消すようにいなくなった。

 そして――。


「……お。人間に戻ってる」

 場面は打って変わって、どこかの誰かの部屋。

 ベッドに寝転がっていた少年が、ゆっくりと体を起こして、机に置いてあった鏡を覗き込んだ。

 そこに写ったのは、十三歳くらいの美少年の顔だった。

 何を隠そう、この少年こそが黒猫ガトーの「正体」だ。


 数日前のことだ。少年の前に、「神様」を名乗る怪しい老人が現れた。

 老人は、この街がシャドウに狙われていることを少年に話すと、助力を求めてきた。

 お人好しの少年は、一も二もなく協力すると答えたのだが――それが運の尽きだった。

 今日、学校から帰ろうとした時に、突然頭の中に「神様」の声が響いた。

『シャドウが現れた! 早速、戦える素質のある人間を探してほしい』

 そして気付けば、少年は黒猫の姿になっていた。


 更に「神様」は語る。

 黒猫の姿は、少年の魂と精神を抜き出したものであり、肉体は家に戻してベッドに寝かせてあること。

 決して、他人に自分の正体を知られてはいけないこと。

 戦える素質のある人間に力を与える方法、等など。

 シャドウに関する基本知識は前もって教えられていたが、それらの事実は初耳だった。

 戸惑いながらも、少年が神様に尋ねる。

『他人に正体を知られると、どうなるのですか?』

 それに対する神様の答えは、無慈悲だった。

『猫の姿から戻れなくなる。肉体は、やがて滅ぶ』


「まったく。神様どころか、あの人の方が悪魔なんじゃないか?」

 思わず少年の口から愚痴が零れる。それも仕方ないだろう、彼は実際、シャドウに殺されかけたのだから。

 シャドウは、人間の肉体を直接傷つけることはできない。シャドウの爪は、人間の精神だけを傷付ける。

 だが、黒猫の体は少年の魂と精神そのものだ。もしそれが傷付けられてしまったら、恐らく少年の命はない。


 けれども――。

「まあ、街の平和を守る為だ。カエデと一緒に、頑張るしかないよね」

 少年は根っからのお人好しなので、神様を恨むどころか、やる気を出していた。

「それにしても、びっくりしたな。まさか、シャドウと戦う才能を持つ人間が、カエデだったなんて」

 ひとり呟きながら、少年は窓に近寄り、閉められていたカーテンをそっと開けた。

 窓の外、やや下の方に目線を向けるとお隣の家の姿が目に入った。四階建ての少年の家とは違い、普通の二階建てだ。

 そのお隣の家の二階の窓には、明かりがともっていた。部屋の主が帰り着いた証拠だった。


「お疲れ様、カエデ。明日から、一緒に頑張ろうね」

 そう呟く少年――ガトーの正体こそ、カエデの隣人にして幼馴染である大海原ミチルであった。

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