2.こんな恰好じゃ戦えない!

 ピンクのフリフリ衣装と魔法のステッキという恰好に「変身」してしまったカエデ。

 あまりの恥ずかしさに呆然とするカエデの耳に、ガトーの興奮した声が響いてきた。


『変身は成功だ! これでシャドウと戦えるよ!』

「え、ガトー? アンタ、どこに行ったのよ?」

『僕は今、神様の力で君が着ている服や、手にしたステッキに姿を変えている』

「は、はぁ!? アンタ、声からして男の子でしょう? エッチ!」

『エ、エッチって……。いや、感触とか分かる訳じゃないから』

「それでも、女の子の体に密着してることに変わりはないでしょう! しかも、なによこの恰好!」

『えっ、何かおかしいかい? 女子向けの魔法少女アニメをモデルにしてみたんだけど』

「こういうのは、小学校低学年か中学年かで卒業するのよ! アタシ、もう六年生よ? こんな恥ずかしい恰好、嫌よ!」

『ええええ……』


 追いかけてくるシャドウのことも忘れ、押し問答を繰り広げるカエデとガトー。

 流石に追い付かれてしまう――こともなく、シャドウとの距離は何故か変わっていなかった。

 どうやら、カエデの身体能力が上がっているらしい。切れ切れだった息も、いつの間にか整っている。

「あ、なるほど。恰好が変わっただけじゃないのね」

『その通り! 今の君は、体力も運動能力も、普段より上がっているんだ! しかも、そのステッキからは、シャドウを滅する「浄化の光」を放つことができる! それでシャドウと戦ってくれ!』

「え、嫌」

『は、はい~!?』

「六年にもなって、こんなフリフリどピンクの洋服着て魔法のステッキで戦えなんて、なんの拷問よ! ボツ!」

『ボ、ボツって……。女の子は、こういうの好きだと思うんだけど』


 ――ガトーのその不用意な一言が、カエデの逆鱗に触れた。


「ちょっとガトー! アンタ、時代遅れだよ!」

『じ、時代遅れ?』

「そう! 『女の子だから』とか『男の子だから』って性別の押し付けは、良くないのよ! 女の子がみんなスカートを穿きたい訳じゃないし、男の子だってスカートを穿いたっていいのよ!」

『えっ。前者は分かるけど、後者は』

「つべこべ言わない! とにかく、デザインのやり直しを要求するわ!」

『は、はい! ……ええと、じゃあカエデが良いと思うデザインを、何となくでいいから頭の中で思い浮かべてみて』

「オッケー!」


 ガトーの従順さに気を良くしたカエデは、そのまま頭の中で「理想の戦闘コスチューム」を思い浮かべた。

 途端、彼女の全身が光に包まれ、姿が変わっていく。

 そして――。

「お? おおう。これよ、これ。こういうのでいいのよ!」

『って。これ、野球のユニフォームとバットじゃないか!?』

 ガトーの嘆きの声が響く。そう、カエデの姿はピンクのフリフリから、野球のユニフォームのような服に変わり果てていた。

 右手のステッキは、金色に輝く金属バットに変化している。服の色も、白と青を基調とした爽やかなものだ。

 頭には黒い野球ヘルメットまで被っている。

『な、なんで野球の恰好?』

「アタシ、五年生まで野球やってたから。戦うって言ったら、これが一番しっくりくるの」

『ああ、なるほど……?』


 納得できるような、できないような。ガトーはそれ以上、考えるのをやめた。

「さぁて! じゃあ、いっちょやってやりますか!」

 カエデが華麗なターンと共に立ち止まり、シャドウと向かい合う。

 シャドウもカエデの迎撃を警戒するかのように、その場で足(?)を止めた。

 カエデとシャドウ、両者の間に緊張が走る。

「ガトー。例のビームって、どうやったら出るの?」

『ビームじゃなくて「浄化の光」ね。シャドウを倒したいと強く念じながらステッキ……じゃなかった、バットを振れば出るはずだよ』

「ようし! やってみる!」


 カエデがバットを構える。バッティングフォームではなく、どちらかという剣道のような構えだった。

 ガトーの中に、「もしやこの子、普段からバットで他人を殴っているのでは?」という疑惑が浮かぶが、すぐに打ち消す。

 今は、カエデを信じるしかなかった。

「てぇーい!」

 カエデが勇ましい雄叫びを上げながら、シャドウに殴りかかる。だが――。

「てい! てい! てーい! クソ! 全然当たらないわ!」

 カエデが振るう光り輝くバットは、シャドウに全く当たらなかった。

 シャドウは、そのペラペラの体を揺らすようにうごめいて、カエデの攻撃を華麗にかわしている。まるで闘牛士だ。


「ちょっとガトー! 全然当たらないんだけど?」

『カエデはバットで殴ることを意識し過ぎなんだよ! もっとこう、バットから光が放たれるイメージを持ってみて!』

「バットから光が放たれる……なるほど!」

 カエデが構えを変える。今度は、野球のバッティングフォームに近い構えだ。

「そうよね。バットは殴る為のものじゃない。球を打つ為のもの! だから、アタシが狙うべきは……ホームランのみ!」

 動きの止まったカエデに、シャドウが襲い掛かる。けれども、カエデは慌てた様子一つ見せずに狙いを研ぎ澄まし――。

「いっけー!!」

 バットを振り抜く。バットの軌道から、眩い光の筋が放たれる! 「浄化の光」だ。

 「浄化の光」はシャドウの体を切り裂き、更にはその背後の数百メートル先までをも、眩しく照らし出した!


『す、すごい……』

 ガトーが感嘆の声を漏らす中、シャドウの体が散り散りになって消えていく。

 カエデの完全勝利だった。

『すごいよカエデ! シャドウを一撃で倒すなんて!』

「そう? 今のは良くて、二塁打ってところじゃないかな。やっぱり、野球やめてから鈍ってるわね。素振りでもしようかしら?」

 ニッコリと爽やかな笑顔を浮かべながら、カエデが呟いた。その時だった。

 先程まで不気味な雲に覆われていた空が急激に晴れ、太陽が姿を見せた。

 と、同時に、静止していた街に、少しずつ動きが戻って来た。

 車も人も、空飛ぶ鳥も、少しずつだが動き始めていたのだ。


『シャドウを倒したから、時間停止が解けかかってるんだ。今のうちに変身も解こう』

「わっ、早く早く! 街中で野球のユニフォーム姿でバット構えてたら、変な奴だと思われるわ!」

 カエデの体が再び光に包まれ、気付けば元の姿に戻っていた。背中にはランドセルの感触もある。

 ガトーも元の猫の姿に戻っていた。傷が消えているのは、シャドウを倒したからだろうか。

「……そう言えば、変身してる間はランドセル消えてたけど、どこにいってたんだろ?」

「さあ? 僕は神様から預かった力を使ってるだけだから、細かいことは分からないや」

「ふ~ん? ま、いいか。シャドウも倒したし、これでガトーともお別れだしね。別にどうでもいいや」

「え?」

「え?」


 人々が動き始めた街中で、一人と一匹が顔を見合わせる。

「ガトー。シャドウ倒したから終わりじゃないの?」

「いやいや、言ったじゃないか。シャドウは人間の悪い心から生まれるって。だからあいつら、しばらくの間は定期的に湧いてくると思うよ」

「げげげ、なにそれ! 聞いてないんだけど!」

「神様が言うには、『一匹見付けたら、十匹はいると思いなさい』だそうだよ」

「それゴキ●リじゃん!?」

「とにかく、シャドウはあれで終わりじゃないんだ。だから、カエデにはまだまだ戦ってもらわないと困るんだけど」

「え、やだ。――じゃ、そういうことで!」


 言うや否や、カエデは引き留める間もなく、ガトーの前から逃げ出してた。

 後に残されたのは、すっかり動きを取り戻した街と、哀れな黒猫のみ。

(……逃げられた、か。まあ、こっちは家を知ってるから、意味ないんだけどね)

 軽く一つため息を吐いてから、ガトーはカエデが逃げた方向へと、ゆっくり歩き出した。

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