18輪目【陰と陽】
「「……あっ!」」
それはまったくの同時だった――。
今日は新刊漫画の発売日。
あたしは巷で話題の超過激なガールズ・ラブ漫画を買うのを楽しみにしていた。
(今日この時を一日千秋の思いで待っていたわ。早く本屋に行って、漫画を買わないと)
大急ぎで行きつけの本屋に行くと、一目散に新刊漫画コーナーに向かう。
そして、お目当ての漫画を見付けると、平台に一冊しか置かれていないことに気付く。
(……残り一冊! ギリギリだったようね……!)
あたしは驚いた様子で、すぐさま漫画に手を伸ばす。
が、焦っていた為、この時のあたしは、周りの人が見えていなかった。
「「……あっ!」」
それはまったくの同時だった――。
ふと声がした方を見ると、そこには、クラスの陽キャ女子たかぎがいた。
たかぎはあたしのお目当ての漫画を手に取ろうとしている。
しばらくのあいだ二人して固まっていると、漫画は別の人に持ち去らわれてしまった。
「……あんたのせいだかんな」
たかぎがあたしを睨みながら、恨み言を言う。
そんなたかぎにあたしは腹が立ち、『学校で言いふらしてやるから』と言った。
顔面蒼白という言葉があるが、今のたかぎはまさにそれだった。
「い、言いふらしてやるって、な、何を?」
「あなたが超過激なガールズ・ラブ漫画を好んでいるってことをよ」
ニヤニヤと挑発的に笑っていると、たかぎは顔を真っ赤にして、『あんたのことだって言ってやるから』と言った。
「お好きにどうぞ。どうせあたしは陰キャだし、そんなの大して堪えないわ」
今にも泣きそうなたかぎの顔を見て、あたしはぷぷぷと声に出して笑った。
「……お願いだ。ガールズ・ラブ漫画のことはみんなに言わないでくれ……」
小さな声でぼそりと、たかぎはあたしに懇願する。
上目遣い調のその仕草に、あたしは不覚にも少しきゅんとしてしまった。
「とりあえず、此処だとみんなの邪魔になるから、外に出ましょう」
そして、そのまま近くの公園へと行った。
公園はきちんと整備され、それなりに遊具もあり、中々の広さだったが、人気がなく、あたしたち二人しかいない。
「こ、こんなところに来て、いったい何をするつもりだ?」
ひどく怯えた表情でたかぎが言う。
あたしはベンチを指差し、あそこに座ろうという。
「……あんた何が目的? もしかして、わたしの身体を狙っているんじゃ!?」
それはそれで面白そうだが、それよりもあたしは欲しいものがある。
「あなた、ガールズ・ラブ漫画が好きなの?」
「えっ!?」
たかぎはキョトンとした顔になる。
「だ・か・ら! ガールズ・ラブ漫画が好きなのかって聞いてるの!」
「す、好きだけど、それがどうしたんだよ?」
「ふーん」
じっとりとした目でたかぎを見つめる。
今まであたしの周りにガールズ・ラブ漫画を好きな子はいなかった。
正直に言って、たかぎに興味がある。
「な、何だよ、何か文句でもあるのか?」
「別にない」
あたしはふんっとそっぽを向く。
……言いたいことが中々言い出せない。
ただ素直に『友達になって』と言えばいいだけなのに……。
「何か言いたそうにしてるけど、エッチなことは御免だからな!」
「ば、馬鹿言わないで! 最初からそんなの興味ないわ!」
「じゃあ、何だってんだよ」
両腕を組みながら、たかぎが首を傾げる。
「……あのさ」
「?」
大きく息を吸って、その先を口にする。
「あたしと友達になってくれない?」
「は?」
いったい何を言っているんだ、こいつは……。
そんな表情でたかぎは、あたしを訝しげに見る。
「……友達になってくれなきゃ、学校のみんなに言いふらしてやるから」
黙ったままのたかぎにあたしは怒ったように言う。
さらに続けて、
「いい? これは、命令よ」
と言った。
「わ、分かったよ」
ぶつぶつと文句を言いながら、たかぎは渋々とあたしに手を差し出す。
「……わたし、たかぎ・あずさ。よろしくな」
「ほさか・おとはよ。こちらこそよろしく」
差し出された手をあたしはギュッと握り締めた。
陰キャなあたしと、陽キャなたかぎ。
似ても似つかないあたしたちだが、これからあたしたちは、ガールズ・ラブ・ストーリーを繰り広げることになる。
そして、近い将来、あたしたちはお互いをパートナーに選ぶのだが、この時のあたしたちは、まだそのことを知らない。
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