4輪目【だってあの子はモンスター】

「ねぇ、あゆむちゃん。わたしたち、もう一緒に居るのやめようか……」

 ぬいぐるみだらけの可愛らしい部屋に二人きり。出し抜けにわたしはそんな言葉を口にする。


          *


 あゆむちゃんは二つ年下の妹のような幼馴染だ。

 親同士の付き合いもあり、その関係性は家族と言っても過言ではない。

 わたしは幼い頃からずっと、あゆむちゃんの姉のような存在として仲良くしてきた。

 しかし、ここ最近、あゆむちゃんの様子がおかしいことに気付き、わたしは何となく、彼女の『恋わずらい』を察した。

 わたしもそうだが、あゆむちゃんも現在思春期。きっと色々あるのだろう。

 今しがたもそうだ。わたしの何気なく尋ねたこの一言に、突然嫌悪感をあらわにした。

『ねぇねぇ、あゆむちゃんはさ、好きな人とかっているの?』

 ムスッとした表情のまま、あゆむちゃんは、つっけんどんな態度で、大きく溜め息を吐いた。

「……デリカシーのない人は嫌いです」

 実はわたし、彼女に相当嫌われている。

 理由はまったく分からないのだが、でも、あゆむちゃんのわたしへの態度は、明らかに嫌っている者へのそれだった。

 ここしばらく彼女の笑った顔を見たことがない。

 常に仏頂面のあゆむちゃんを見ていると、わたしと居ても『楽しいのかな?』と思ってしまう。

「はぁ……」

 あゆむちゃんが溜め息を吐く。

「はぁ……」

 それに釣られて、わたしも溜め息を吐いてしまう。

(何だかなぁ何だかなぁ……)

 ぼんやりと昔を思い出す。

 ……昔は良かった。

 なんて言ったら笑われるかもしれないが、切実にそう思う……。

 互いに無邪気だったあの頃のわたしたちは、本当に実の姉妹のように仲が良かったのだから。

「「はあ……」」

 深い溜め息が重なった。

 最早、わたしたちの関係は、溜め息を吐き合うだけの仲でしかないのかもしれない。

 それはもう、考えただけで嫌になる、ほとほと寂しくて虚しい間柄だ……。

「……どうしたのですか?」

 昔を思い出して、泣きそうになりながら俯いていると、怪訝な面持ちで、あゆむちゃんがわたしの顔を覗き込んでいた。

 そして私はついこんな言葉を口にしてしまった。

「ねぇ、あゆむちゃん。わたしたち、もう一緒に居るのやめようか……」

 わたしの急な一言にあゆむちゃんは眉根を寄せる。

「……なんでそんなこと言うのですか?」

「だって、あゆむちゃん、わたしといても全然楽しそうじゃないし……」


 〝楽しそうじゃない〟


 不意に予期しないことを言われた。

 そんな風な面持ちで、あゆむちゃんは、何故か突然泣き出してしまう。

「えっ! えっ!?」

「……わたし、ちとせお姉ちゃんのこと嫌いです!」

「そ、それはもう分かってるよ……」

「ちとせお姉ちゃんはアホです! だから、嫌いです!」

 あゆむちゃんは続ける。

「ちとせお姉ちゃんはドアホです! だから、大嫌いです!」

 あゆむちゃんはさらに続ける。

「ちとせお姉ちゃんは、わたしの本当の気持ちをまったく分かってないです!」

 わたしは頭に疑問符を浮かべる。

「本当の気持ちって……?」

「そんなことも分からないのですか!?」

「わ、分からないよ……。わたしはあゆむちゃんのことを本当の妹のように思っているし、大事に思っているよ」

「わたしはちとせお姉ちゃんの妹なんかじゃない!」

 しんと静まり返るあゆむちゃんの部屋。

 わたしは悲しくなって、言葉が出なくなってしまう。

「……ごめんなさい。わたし、今から本当のことを言います」

「本当のこと……?」

「ちとせお姉ちゃん、わたしのことを本当に大事だと思っているのなら、目を瞑ってください」

 わたしはすぐさま目を瞑る。

 しばらくして、わたしの唇に柔らかい何かが触れた。

「……もう目を開けていいですよ」

「な、なに?」

「……ちとせお姉ちゃんは、もうそのままのお姉ちゃんでいいです」

「ど、どういうこと……?」

「……さぁ。ちとせお姉ちゃんには永遠に分からないですよ」

 さっきまでの不機嫌は何処へやら。

 あゆむちゃんは含み笑いを浮かべた。

「……ねぇ、ちとせお姉ちゃん? わたしたちは家族だけど、決して姉妹ではないんですよ。それを頭の片隅に置いてよく考えてみてください」

 あゆむちゃんが燃えるような視線で、真っ直ぐわたしを見つめてくる。

 初めて見せるその艶めかしい表情に、わたしは思わず息を呑む。そこにいつもの幼さはなかった。


「……あなたの横に居る〝妹〟は、本当にあなたの〝妹〟ですか?」


 現在の時刻は逢魔おうまとき

 俗に魔物に遭遇すると言われる時間帯である。


 その時のあゆむちゃんは、〝魔性の女〟という言葉がピタリと当てはまった。

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