3輪目【神様の祝雨】
「あなたが……好きです……」
放課後。誰も居ない二人きりの教室で、突如緊迫した空気が流れる。
目の前の友人――さくらこは、眼鏡越しの上目遣いで、あーしの返答を待つ。
先に言っておくが、あーしはノンケだ。
過去一度たりとも、同性を好きになったことはない。
だから、さくらこに告白されたのは、正直かなり驚いてしまった。
つい先ほどまで他愛のない会話をしていた、和やかな雰囲気はどこへやら。
あーしは言葉に詰まって、その場で沈黙してしまう。
さくらことは今後とも仲良くして行きたい。
しかし、告白された身の上とあっては、そうも言っていられないかもしれない。
「わたしじゃ、駄目……かな……?」
さくらこは上目遣いのまま、黙ってじっとあーしの目を見てくる。
「えっと、その……」
あーしはさくらこのことが好きだ。
何なら親友と思っているし、家族同然の仲だとも思っている。
しかし、恋愛対象として見たことはない。
「……さくらこ、あのさ」
あーしの言葉を避けるように視線を外すさくらこ。
その目に溜まった涙を見て、あーしは一瞬言葉に詰まる。
さくらこのこんな表情を見るのは辛い。
しかし、正直に話してくれた気持ちに、あーしはちゃんと応えなければいけない。
「ごめんな……。お前の気持ちはありがたいけど、あーしの恋愛対象は……」
「……男の子なんでしょ?」
「それが分かってて告白してきたのか……」
あーしは当惑したように大きく溜め息を吐いた。
「ねぇ、ともみちゃん。あなたがわたしに言ってくれた言葉を覚えてる?」
「なんだっけ?」
「あなたはね、わたしにこう言ってくれたの」
ひと呼吸置いて、さくらこがゆっくりと口を開く。
「〝好きな気持ちは止まらないし、止めなくてもいい〟って――」
――言った。
あーしは確かにそれを言った。
が、まさか好意を抱かれているのが自分とは思いもしなかった。
「ともみちゃんはこうも言ってくれたよ」
〝たとえ手の届かない相手を好きになったとしても、好きな気持ちから目を背けてしまっては駄目だ。どんな時でも自分の気持ちには正直でいた方が良い〟
――って。
さくらこはさらに続ける。
「ともみちゃんは何気なく言った言葉だったかもしれない。でも、あの時の言葉にわたしは、本当に心の底から救われたんだよ」
さくらこは指で涙を拭うと、朗らかに笑った。
「……今日のことは忘れて。これからも友達としてよろしくね」
――沈黙。
沈黙――。
あーしは何も言わず、さくらこをぎゅっと抱き締める。
「……あーしたちさ、学校では凸凹コンビって言われてるじゃん?」
「うん。言われてるね。ギャルのともみに、地味子のさくらこだっけ」
「あーし、見た目が派手だからさ、お前と知り合う前は友達がいなかったんだ。でも、お前と友達になってからは毎日が楽しくてさ、学校での生活も悪くはないなって思うようになったんだ」
「……わたしも、ともみちゃんと知り合う前はいつも一人ぼっちだったよ」
「あーしたちってさ、似た者同士だよな」
二人でくすくすと笑い合う。
「――なぁ、さくらこはさ、あーしのどこが好きになったの?」
正直、それに至っては本当に分からない。
女が女を好きになる。
それはちょっと特別なことだと思っている。
前にどこかで聞いた。
女と女の恋愛は情熱的だと。
あーしは思い切って、さくらこに尋ねてみる。
「そんなの決まってるよ」
時が止まったかのような静寂の中、さくらこがあーしの耳元でそっと囁く。
「――――――だよ」
「えっ!?」
雨音が聞こえる。
しとしとと心地良い音。
あーしの心臓はとくんとくんと大きく高鳴っていた。
――何時だったか。
どこかでこんな話を聞いた――。
――雨とは、
神さまの祝福を示してくれているのだと――。
それならば、
あーしの心は――、
〝既にもう決まっている〟
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます