第77話 新たな一歩
レコーディングの後、世の中はイベントのオンパレードで俺たちは冬休みに入っていた。つまりは練習のできる時間がたっぷりある……はずだった。
「うち年末は大阪かえらなあかんねん」
「私も親戚が集まる事になってて……」
そう。中学生の俺たちには親族関係での決定権はほぼ無いと言って等しい。結果、加奈が帰ってくるのに合わせて年明けの三日に三人で近所の神社に初詣をしようという以外はほとんど予定が合わない形となってしまった。
次のライブまでに、他の曲もアレンジし直しておきたいのだけどなぁ……。プチ合宿やレコーディングを終えて、確かな手ごたえを感じていたこともあり、早く練習したくてウズウズしながら一人で考え年を越した。
そして年明けの三日。
俺たちは一週間ぶりに会うことになった。
「なんか久しぶりやなぁ!」
「開けましておめでとうございます!」
「せやったなぁ。開けましておめでとうございます」
「初詣と言っていいのかはわからないけど、とりあえずお参りしておこう?」
まだ、参拝客がのこる神社で三人でお参りに向かう。二礼二拍手一礼と周りに合わせる様に祈る。以前は神様なんて信じてなどはいなかったが、この不思議な体験を通じてなんとなく居るのではないかと思っていた。
「それで、何を祈ったんや?」
「まぁ、次のライブがうまく行きます様に?」
「そらそうやなぁ、ひなは?」
「私は、今年色々あったからそのお礼かな……」
「なるほどぉ」
お参りというのは、そういう心構えが大事なのかも知れない。確かにあっという間に過ぎて来た様な、思い返せば楽しい一年になった様に思う。
「それで、まひるは今日持ってきたんやろ?」
「うん……昨日届いたばかりだよ。折角だから一緒に聴けたらいいかなと思って私も聞いてない」
リクソンさんのミックスが出来たと音源をもらっていた。大まかな内容はあの日擦り合わせていたものの、それ以外でも色々とする事があった様で昨日完成したとの事だ。
「ほな早速聞いてみよか……」
俺は二人にデータを送り、それぞれのスマートフォンでイヤホンを付けて再生する。そこから流れてきた音は今まで何度も練習してきた曲が絶妙なバランスでミックスされ、世の中にある音源と遜色の無い出来だ。
それぞれの楽器、エフェクトも理想としていたものがしっかりと再現されていた。
「これ、ほんまにうちらのバンドなんか?」
「何か違った?」
「いや、上手すぎるやろ……こんなに弾けてたんや」
自分たちの音を客観的に聞ける事なんてそうそう無い。今までやってきた努力が形になるという経験は、実際音楽でもやってないと経験は出来ないだろう。
「ほんま、自分の球打ってるみたいや……」
「まーちゃんが上手いのは分かっていたけど、私達もちゃんとバンド出来てたんだね!」
「これやったらもう、うちら売れるしかないやん!」
それぞれが本気で形にして来た音楽。自分たちの曲だからというのもあるのだろう。それでも、今までに無い新しい世界が生まれているのだと感じる。
これが今の俺の音楽……。
こんな事でも無ければ形になる事は無かった。俺が今まで一人でやって来ていた事は、この二人のおかげで無駄じゃなかったのだと言って貰えるような気がする。
「まひる、どないしたんや?」
「……いや。本当に良かったと思って」
「まーちゃん本当に頑張って来たもんね。きっと今までの事を思い出しちゃったのかな?」
「せやな……うちも色々とまひるに迷惑かけたしなぁ」
「もう……やめてよぉ……」
涙が止まらない。
別に誰かの為にやって来た訳じゃ無い。俺はただやりたい事をやって来ただけだ。本当に感謝したいのは俺の方なのに、二人の優しい言葉が胸に刺さる。
「ありがとう。二人がいてくれたから出来たんだよ」
俺はこの日、初めて三人のバンドだと気づいた。いや、気がついていなかったわけじゃない。ただ、過去の俺に囚われていた自分と決別する事が出来たというのが正しいのだろう。
「今年もよろしく頼むで!」
「今年はもっと凄いバンドになろ?」
「うん、もちろん!」
これからきっと、三人で乗り越えていかなければいけない事は多いのだど思う。そんな簡単に音楽で食べていけるほどこの世界が甘くは無いのはわかっている。
けれども、この三人ならきっと乗り越えていけるのだと俺は信じて新しい一歩を踏み出した。
★★★
冬休みが終わると、タキオが作ってくれたグッズも届く。お礼の連絡と共に音源を送ると、ライブの日に合わせてネットで購入できる様にしてくれる事になった。
もちろん、そのアーティストページのデザインも彼がしてくれるとの事だ。
万全の体制の中、俺たちは当日のライブに向けて今まであった曲を見直してアレンジをする事にする。新曲のクオリティと遜色ないものにする為、セッションの中でアレンジを練り直し自分たちの音に作り変えていく。
夢中で繰り返した結果、ライブ当日にはそれまでとは違い垢抜けた雰囲気が出始めていた。
「まひる、グッズは持ってきたやんな?」
「もちろん。加奈もチラシは持ってきた?」
「当たり前やん。折角印刷したんやから。ひなも準備は?」
「セットリストと取り置きも纏めているよ」
楽器にスーツケースを引きずり『ソドム』に入る。二度目という事もあり周りに不安を覚える事も無く、自然に中に入り俺たちは挨拶した。
「「「おはようございます!」」」
今回は知り合いのバンドもいない。それだけにバンドマンとしてしっかりとライブを作る意識を持っている。今までとは違う俺たちを見せてやるという気持ちでいっぱいだった。
「急な誘いを受けてくれてありがとう」
「いえ西田さん、こちらこそありがとうございます」
「今回でてくれるLIL NUTSというバンドなのだけど、今度うちのレーベルから出る予定のバンドでね、折角だから出てもらいたいと思ったんだよ」
ただの知り合いのバンドでは無いと思ってはいたが、まさか西田さんのレーベルから出るバンドだとは思ってはいなかった。
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