第76話 ネタバラシ

「でもなんで……?」

「これは俺から説明した方がいいのか?」

「いや、わたしが言うよ」


 プリプロをリクソンさんに送った後、彼はすぐに電話をかけてきた。


「音源を送ってくるとは決心が着いた様だな?」

「今の自分たちの集大成です」

「聴いてみたが、かなり良くなってんじゃねぇか?」

「そうなんですけど……」


 俺には一つだけ気になっている事があった。


「ベースの子か? だけどベースボーカルとしてなら充分機能しているだろ?」

「レコーディングだとそうは行かないですよね?」

「今すぐ『ドリッパーズ』や『サカナ』クラスと比較されるならそうなるわな。だけど、個人の実力ってゆうのはそう簡単に上がるものじゃない、今の時点でも奇跡みたいな上がり方をしている」


 加奈の練習が足りないとは思ってはいない。あえて言うなら想像以上の成長をしているのがわかる。だが、それはあくまで俺がある程度ベースを分かっているからだ。


「ひなには、ドラムを教えてくれる人がいるんです」

「スターラインの雅人だろ? あいつもかなりの経験者だし、今のジャンルも結構上手くなってきているからな」

「けれど、加奈にはわたししか居なくて……」

「なるほど、ギタリストのベースと本職のベースは両方の経験がない限りは詰まるって事か……」

「だから、レコーディングの時に加奈をレベルアップさせて欲しいんです」

「それはエンジニアに頼む事じゃねぇだろ」

「そうなんですけど……」


 レコーディングで自分の粗が見えると言うのはよくある事だ。そのあたりを加奈が意識出来るくらいに伝えてもらえればと思って言ったのだ。


「俺は結構いい過ぎてしまうかもしれねぇぞ?」

「あの見た目でスーパー体育会系なので納得出来なければ食い付いてくるかも知れませんが、心が折れたりはしないと思うので大丈夫です」にひ

「そう言うなら……」

「運動部のコーチの感じて教えて上げてください!」

「そういうのなら得意だからやってやるよ」

「あと……」

「まだあるのか?」

「ひなはリクソンさんがトラウマみたいなので優しくお願いします」

「いやいや、トラウマって俺別になにもしてねぇぞ?」

「彼女は結構繊細なので……」

「大丈夫かそれ……下手したら贔屓みたいになっちまうんじゃねぇのか?」


 この三カ月で二人を見てきた俺の見解だ。ひなちゃんは極端に失敗やダメだしをされるのを嫌う。嫌うというよりはパニックになる傾向がありそれを自覚もしている。だからというわけではないが、普段から徹底的に練習をしているし本番ではあまり自信がない事はしない。褒められて兜の緒を締めるタイプだ。


 逆に加奈は、怒りを力に変えられるタイプで調子に乗るより怒られたり叩かれたりした方が能力を発揮する。


 これらの考えをひなちゃんに話すと、納得したのかよくわからない表情になった。


「それ……私のも言う必要あったのかな?」

「俺もそれは思った」

「あはは。でも、だからこそ加奈はきっと今の環境でレベルアップして来ると思うんだよね」

「流石にそんな甘いものじゃ無いけどな。まぁ、その辺りは俺が及第点って事で調整するさ」

「リクソンさんは加奈を舐めてるよ」


 俺がそう言うと彼はニヤリと笑い、練習している加奈のモニターに繋いだ。


「時間切れだ。これ以上お前の練習を待つ時間はない」


 スイッチが入ったリクソンさんに、ひなちゃんが慌てて耳打ちをしてくる。


「これ本当に演技なの?」

「多分こっちが素だとおもうよ……」

「お前らエンジニアの耳を舐めるなよ、聞こえてるからな?」

「ひいぃぃ!」


 ブースから出てきた加奈はまるで闇堕ちしてしまったかの様な表情で集中しているのがわかる。


「繋ぎ終えたらそのまま始めるぞ」

「……」


 無言のままベースを構える。ギターを入れた音源をながすと意識が全身に行き渡っているのがわかる。フレーズは同じだがその音はリクソンさんが弾いていたものとは違いまるで大木の様にずっしりとした重厚なグルーヴ感が出ている。


「マジかよ……」


 まるで重装歩兵が戦っている様な地に足が着いたリズムは、ひなちゃんの繊細なドラムの城を守りながら俺の極大魔法の様なギターが放たれるのをしっかりコントロールし、曲を終えた。


「……ふぅ。OKだ」

「ありがとうございました」

「正直この短時間でここまで仕上げられるとは思っていなかったよ」

「ベースを舐めてたんが身に沁みました。ご指導ありがとうございます」

「いや、よく頑張ったよ。あとは歌録りだな!」


 チラチラとこちらを見るリクソンさんは、何かいいたげな顔をしている。だが、このゾーンに入っている加奈のまま歌を録ってしまいたい。


「ボーカルはそうだな、そもそもツインボーカルだからそこまで重ねる必要はないが、メインとコーラスで分けるのとメインはオクターブも録っておくか……」


 世の中の音源のほとんどのボーカルは重ねていないものは無い。コーラスでは無いにしても声を聞こえやすくしたり厚くする為に重ねているのだ。


 もちろん、歌に関しては俺より加奈の方が上手い。彼女が少ないテイクで完了すると、わざと厳しくしていた事をばらした。


「結果的にうちにはあのくらいの方が良かったんや」

「本人が納得しているならいいんだけどな」

「せやけど、リクソンさんにそれ頼むてまひるは鬼やったんやなぁ……」


 後遺症が残ってしまったのか遠い目をする加奈に平謝りをしてどうにか許してもらう事が出来た。あとは俺の歌が終われば長い戦いは幕を閉じる。


 俺は気合いを入れ直すとブースに入りマイクに向かった。


「まひる……お前、ボーカル舐めてんのか?」

「わ、わたしは別に叩いて伸びるタイプじゃ……」

「いや、俺はマジで失望して言っている」


 時間ギリギリまで録り直しさせられた挙句、嫌味をえんえんとボヤかれ最後の最後に、お前のボーカルは俺が修正するからもういいとキレながら言われ幕を閉じた。


「あんまり変わらへんけど、まひるに言うてるのは素やんな?」

「うん……あれは素だとおもうよ」

「うちに対してのはほんまに演技やったんやろか……」


 不思議そうにしている加奈はそれでもどこか喜んでいる様にも見えた。

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