第73話 決別
「ごめん……わたしのコミュニケーション不足だね」
沈黙の中、俺は一言だけ言った。加奈と雅人は驚いた様に俺の方を見る。あの日、俺がタツヤとちゃんとコミュニケーションが取れていれば、俺たちはまだバンドが出来ていたのかも知れないと思っている。
だからといって、それに気づいたとしても取り戻せる訳じゃ無い。
「なんやねんそれ……」
「悪い、俺もいい過ぎた」
タツヤとはいい終わり方が出来なかった。だが、今なら少しだけ彼の気持ちが分かる様な気がする。きっかけとなったのはあの時だったが、それまで彼は何度もバンドを引っ張ってくれていた。
たかだか三ヶ月、それも一回失敗しただけでなんで俺は諦めようとしているんだ。
「まあまあ、正解なんてねぇんだよ。音楽ってそう言うもんだろ?」
「でもやっぱり……」
「そこは、俺を信じてやってみてくれよ?」
タツヤが悪い奴じゃないのは知っていた。
悪態をついている自分に嫌気がさしている事も、実力以上の期待に立っている事が精一杯になっている事も。
俺はただ、見ないようにして安全な位置から彼を責めてしまい、追い込んでいただけだった。
「まひる、どうする気だ?」
「どうするも何も足掻くしか無いでしょ。雅人が言いたい事も分かるし、せっかく三人で考えてきた事が無駄になるのも嫌だ……」
「一つ言っておくけど、別にお前らを潰そうとしているわけじゃないからな?」
「分かってるよ」
「ポテンシャルは間違いなくあるし、それぞれが凄いのは一緒にやってた俺が一番分かっている」
俺は加奈の近くに歩み寄り、肩を掴んだ。
「加奈……」
「うちも、カッとなり過ぎたかもしれん」
「そうじゃないよ。怒っていい……ただ、その怒りは雅人じゃ無くてわたしに向けて?」
「は? なにゆうてんねん」
「舵を切り違えたのはわたし。だけど、元のやり方ではこれから戦っていけるとは思っていない。 だから、力及ばずなわたしに向けよ?」
加奈は歯を食い縛り拳を強く握った。
「ひなもそう……ごめんね?」
「まーちゃんが謝ることじゃないよ、私だっていいと思ってして来たんだから」
俺はじっと、ギターを見つめた。
作り替えている時間はない。かと言ってこのまま無理矢理進めても意味がない。考えろ俺……。
「昔監督に言われて投球フォームを変えようとした事があったんよな。でも新しいフォームは全然合わんくて、元のフォームより悪くなってもうた……」
「ここでまた野球の話?」
「まぁ……ひな、聞いといてぇな。その時も監督に腹たってたんやけど、次に進みたかったんも挑戦したいのもうちやし、なによりうちの問題や」
「それで、フォームはどうしたの?」
「いろんなフォームをガンガン試して、元よりええやつにしたった。あかんねやったらとりあえず色々やってみるしかないやろ!」
それだ。立ち止まっていても仕方がない。ひたすら弾いてひたすら合わせて完成させるしかない。
「あんだけ話して、作りたい方向性はあるんや。そこに関してうちは間違いやとはおもわん。そのイメージでどんどん挑戦しようや!」
頭の中をリセットして、だけど話し合っていた作りたいぼんやりとした物はある。それで一から作ってみる……やれるかはわからないけど、今はそれしかない。
こうして再び合わせ始めたイメージは、全く纏まる気配がないもので始まった。当たり前だ、それぞれが好き勝手にけれども作りたい世界観を表現して行く。三人の全く違う個性はぶつかり、少し言い合いにもなったりして何度も何度も合わせる。
だが、次第にそれは少しづつ重なり始めた。
「こんなん、まるで音楽の喧嘩やん……ひなもまひるもどんだけ引き出しあんねん」
「加奈だって、勝負しすぎだよ」
「うちの強みは積み上げてきた練習しかないんや」
それぞれの音楽に対しての想いや熱量がぶつかり、それは徐々に理解して行く様にリスペクトへと変わる。気がつくと全くまとまりそうも無かった個性が潰れる事なく混ざり合うのを感じた。
「今のヤベぇな……」
「へっ? なんや雅人、まだおったんか?」
「ひでぇなそれ。四時間もぶっ続けでよくやるよ、お前らトイレに行くのすら忘れてんじゃねぇか?」
「ほんまや、アカン……漏らしてまう」
慌てて加奈がトイレに行くと、つられてひなちゃんと俺も順番にトイレに向かう。
「正直100回位聴いているけど、さっきのはマジでいい感じなんじゃねぇか?」
「そうだった? まぁ、手ごたえはあったけど……」
「一番最初のアレンジとは違って、この三人でしか出来ない音楽になっていると思う」
「三人でしか出来ない音楽……か」
それは、俺の目的でもあった「自分の音楽をする」と言う事にも繋がってくる。こんな殴り合いみたいな曲の作り方があったとは俺自身も驚いていた。
これで完成だろうと思った瞬間、スッキリとした加奈が飲み物を片手に満面笑みで言った。
「このまま時間ギリギリまでやり切るで!」
その勢いに、俺は少しだけ懐かしくなる。どこかタツヤを思わせる様な妥協を許さない精神。それ以上に似ているのは一番苦しい時に笑顔で引っ張って行こうとする雰囲気なのだろう。
「なんやまひる、疲れ見せたら負けやで?」
「いや、どこのスポ根漫画だよ!」
「気合いと根性の先に勝利はあるんや!」
ひなちゃんがそっと俺の肩に触れ呟いた。
「まーちゃん、加奈をメンバーに入れたからにはスポ根になるのは諦めよう?」
「諦めようって……まぁ、そうだよね」
そう言ったものの、そうやって満足しそうな時に背中を押してくれるのが彼女のいい所だ。勢いづいている俺たちは時間ギリギリまでぶつけ合う事となった。
「あれ? 先客がいるのか?」
「すみません、もう終わりますんで! おーい、お前らそろそろ時間だから片付けてくれ!」
「そんなに急がなくてもいいよ。それより、友達のバンド? 今の中学生ってレベル高いんだなぁ……」
夜のバーで演奏する予定のジャズバンドの人たちなのだろう。急いで片付けると挨拶をした。
「すみません、遅くなってしまって」
「いや、まだ時間はあるし気にしなくていいよ」
足早にその場を去ろうとすると、ギターを抱えた同じ年くらいの人とすれ違った。
「……タツヤ?」
一瞬そう呟いて足を止めたものの、彼は少し振り向こうとしただけでそのまま中に入って行った。
「まひる、どうかしたんか?」
「いや、知っている人に似てただけだよ」
「まーちゃん、パパ活でもしてたの?」
「そんな訳ないでしょ!!」
本人かどうかはどうでもいい。ただ、アイツが今でも音楽をしていてくれたらいいなと心から思った。
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