第72話 過去の過ち

 二十歳の冬、俺は上京して二年が経どうとしていた。


 音楽を始めたばかりの頃、国内外のロックスターの伝説に憧れギター一本で東京に行くなんて、今考えれば中々無茶をしていた様に思う。


 それでも、地元では自分より上手い奴はいなかったし独学でもそこまで行けた自負があった俺は東京で成功するのだと疑う事は無かった。そんな中で当時盛んだった携帯のサイトでのメンバー募集で集まったメンバーは、奇跡と思える位にライブハウスで戦っていけると確信していたんだ。


「だから気に食わないならそういえって言ってんだろ!」


 だが、インディーズレーベルから話がきた途端に、タツヤの絶対的な自信は失われていっていたのだろうと、今となっては分かる気がする。


「俺は別に……」

「別になんなんだよ。もっと全員で本気にならねぇとやっていけなくなるだろ?」

「別にタツヤだけ本気な訳じゃ無い。俺もだけど、二人も本気でやってるよ」

「太郎ちゃんの言う通りだよ? 僕らも別に手を抜いている訳じゃ無い。だけど……ごめんね、僕も何か良くしないといけないとは考えているけど、惑わせちゃったね」


 こういう時、いつもベースのユウは間に入る形で取り持ってくれていた。だけど当時はただ、のらりくらりと調子がいい事を言っている奴としか思ってはいなかった。


 だからこそ、俺は間違えてしまったのだろう。


 その日、練習が終わるとタツヤは何かに追われる様にそそくさと帰ってしまう。ドラムのヒロキもバイトがあるのだと後を追う様に消えるとユウと二人で飯を食いに行く事になった。


 飯を食うとは言っても、貧乏バンドマンで飲み屋や飯屋に行けるほど金はない。近くのコンビニでカップラーメンにお湯を入れ、寒空の下で喋りながら麺を啜る程度だった。


「太郎ちゃんはさ、ギターは上手いんだけどなぁ……」

「ユウも上手いと思うよ」

「まぁ、同じバンドでやってる訳だし? それなりにはねぇ……」


 湯気が漂う中、冷めないうちに腹に入れる。カップラーメンとはいえ、俺たちには大事な栄養源だ。


「タッちゃんと太郎ちゃんがうまく混ざれば絶対売れると思っているんだけどなぁ……」

「ユウやヒロキも必要だよ」

「そういう事を言ってるんじゃないの。本当、太郎ちゃんは真っ直ぐというか愚直というか」

「ちょっと、最後貶してない?」

「貶してるよ。実際、タッちゃんが弱みを見せるのは実力を認めている太郎ちゃんだからね」

「そうかな……」


 ユウはそう言ったものの、そんな自覚は全く無かった。どちらかと言えば俺だけ放任されている様に感じていた。


「多分、太郎ちゃんが本気でぶつかれば違ったバンドになると思う。だけど、タッちゃんの性格は考慮してね?」

「本気なんだけどなぁ」

「アレンジは、でしょ? もっと曲を成長させる様な事が見えているんじゃないの?」


 やってみたい事はある。けれどもタツヤが作った曲のイメージを最大限に活かすのがギターの仕事だと思っているし、そんな事を言って正解とも限らない。


 けれども、ユウが言った事が頭に残り俺は自分なりにきょくを見直してみる事にした。


 聞き直してみると、やはりタツヤには才能があると思う。常に新しい物を取り入れようとする姿勢と攻めた構成に違和感無く入り込むメロディ。ゼロから一を新しく作れる人間はそうはいない。


 けれども、本質的な物は完成されているもののアレンジや繋ぎと言った曲の演出では荒削りな様に感じる。ギターでフォロー出来る部分はしているが、その辺りを全体的にまとめればもっと完成度は上がる。


 そう思った俺は次の練習で出来る様に練習し、どうやったら伝えられるのかを考えてみる事にした。


 だが……その事が結果的にタツヤを潰した。


「この部分のアレンジ、繋ぎを考えて見たんだけど?」

「やって見てくれよ」


 俺が考えていたアレンジを弾くと、タツヤはそれに応えるようにユウやヒロキに指示をする。だが、考えていたものと違うアプローチに、どう説明していいか悩んだ。


「……太郎ちゃん?」

「俺の曲に不満があるのならいえよ?」

「いや、もっといいリフが無いかと考えていただけだよ」

「別に今ので充分だろ?」

「タッちゃん、多分何か考えがあったんだよ」

「今のアプローチじゃ、さっきのリフじゃ纏まらないんだ」


 ユウの視線を感じながらそう言うと、タツヤは少し不機嫌そうになりながらも「なら一度、考えていた事を言ってくれ」と言った。


 俺は用意していたアレンジをユウとヒロキに伝え、タツヤにも合わせてもらう様に言った。


「これでどう? 多分タツヤの狙いとも合っていると思うのだけど……」

「まぁ、いいんじゃねぇか?」

「タッちゃんのメロディがいい感じに生かされているよ!」


 この時、俺はユウが言っていた事がなんとなく分かった気がした。だが、それは本当になんとなくで調子に乗って行く俺がタツヤを追い込んでいるとまでは考えていなかった。


 そして、一か月後……その日は突然訪れた。


「もう、ほとんどお前が作ってる様なものだよな」

「そんな事はないよ。俺は編曲しているだけで、作詞作曲はタツヤだから」

「メロディと歌詞なんか誰でも作れるだろ」

「だからこそセンスで差ができるんだよ。次の曲ももう出来ているんだろ?」

「いや……」

「いやって。あと一曲作らないといけないんだろ?」

「ちょっと太郎ちゃん?」

「……できねぇんだよ」


 それまで予定日までに必ず完成させて持って来ていた彼は、珍しく曲を作って来なかった。


「なんでだよ?」

「出来なかった物は出来なかったんだよ」

「いつも間に合うじゃ無くて、死ぬ気で間に合わせるのがプロだって言ってたでしょ?」

「うるせぇな……そこまで言うならお前が作ればいいだろ」

「そう言う事じゃ無くてさ」

「太郎ちゃん、やめなって!」


 ユウが本気で止めに入った時には遅かった。

 俺はよかれと思って曲を活かす編曲に専念した。だが、タツヤ自身はそれを持って来る曲のアレンジの甘さを指摘されているのだと思い改善しようとした結果、曲自体が作れなくなってしまっていたのだ。


 結局俺はユウが言っていた「彼の性格を考慮して」と言う事が理解出来ずにタツヤを潰してしまったんだ。

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