第71話 齟齬
朝食の後、準備をして雅人の家に向かう。順調に曲も出来きできているし、計画通りに物事は進んでいる。
強いて言うなら少し寝不足な事くらいか。
楽器を背負い、歩いて彼の元に向かうとスウェット姿の雅人が寒そうに待っていた。
「なんや、ついたら連絡するいうたんに」
「鍵を開けてだからな。俺も丁度出て来た所だ」
そうは言っても、多少は待っていたのだろう。案内された先には以前来たことのあるジャズバーに電気がつけられているのがわかった。
「ありがとね?」
「別にいいよ。小山は俺の弟子みたいなものだからな、それにお前らの進化も見てみたかったからな」
「なんや、見ていく気なんか?」
「別に見るくらい構わないだろ?」
雅人は元メンバーで、このバンドの基礎を作ったと言っても過言では無い。今はひなちゃんがアレンジしてはいるものの、雅人が叩いていた時のイメージは少なからず参考になっていると思う。
「ほな早速、うちらの進化を見せたろかいな。昨日の曲合わせる感じでええやんな?」
「うん。実際の音をイメージに近づけて行く感じで!」
それぞれのセッティングを調整すると、カウントが入り曲が始まる。昨日の晩にしっかりと話していた事もあってか、最初からかなり纏まった演奏になる。しかし……
「思ってた感じとちゃう部分があるなぁ。まあそれを修正していくのが今日の課題なんやろ?」
「そうだね。ある程度認識は揃っているけど、細かい齟齬を無くして一体感を作る感じかな?」
「せやけどやっぱり歌は欲しいなぁ……」
「歌詞を気にせず歌ってみようか? 音に合わせてそれっぽくならできると思うけど?」
「その方がええわ。歌詞は曲の雰囲気から作る感じなんやろ?」
「それも今回は歌いながら作ってもいいかなって思っているよ」
「歌いながらかぁ……なんか良さそうやな」
「ホワイトボードとかあるといいんだけどね」
メンバーでそれぞれ見ながら歌詞を調整していく。その際に書き直せる様なものが有ればと思ったのだが。
「ホワイトボードはねぇけど、メニュー用の黒板使っていいぜ?」
「メニュー書いてあるけどいいの?」
「こっちは日替わりのメニューだから、毎回書き換えているから問題ない」
なるほど、そういう事か。
なんにせよ、書くものが出来たのはありがたい。
それからアレンジを詰めながら、はまりのいい言葉を三人で埋めながら形にしていく。ただ俺は一つだけ気になる事があった。
きっと雅人自体はこちら側が聞いたりしない限り、口は出さない様に意識しているのだろう。そのせいなのか、カウンターに座りじっと見ているだけだった。
一時間ほどしただろうか、ぶっつづけで行っていた為、頭をリセットする為にも小休憩を挟む。雅人がバーカウンターからドリンクを出してくれた。
「雅人、ドリンク代いくら払えばええ?」
「別にいいよ。残り物みてぇなものだし」
「場所も借りてるし飲みもんまでもらうのはあかんやろ」
「それなら今度、山本の家の焼き鳥でも持ってきてくれよ。店に行った時にサービスしてくれるとかでもいいぜ?」
「うち、ほぼ飲み屋やで……いつくんねん。まぁ、焼き鳥位やったら持ち帰り用の入れもんあるから持ってくるわ」
加奈が言う様に、俺も気にはなっていた。友達だからと言う理由で借りてはいるものの、本来なら菓子折りくらいは持って来ておくべきだった。中学生という事もあり、それはそれでややこしい事になるかも知れないとは思うのだが加奈がそう言ってくれた事で幾分か気持ちは楽になる。
「それでどないや?」
「おう。一度お前んとこの焼き鳥食ってみたかったから全然構わないぜ?」
「そっちやなくて、新曲や……新しい作り方でやってみてんやけどええ感じちゃうか?」
「まぁ、最初を知っているだけに大分上手くなったんじゃねぇか?」
「それだけか? なんかもっとこう……ええ曲や! とかはないんか?」
「そうだなぁ……」
そこまで言って、雅人は複雑な顔をする。何か思う所でもあるのだろうか。
「今でこそ違うバンドになった俺が言う事でも無いのかもしれないが、お前らはこれでいいのか?」
「どう言う意味や?」
「元メンバーの一意見として言わせてもらうと、正直丸くなったなってのが素直な印象だな……」
その言葉に、俺はハッとする。確かに纏まってはいるし聴きやすくなっているとは思う。だが、俺だけで作っていた時の様な癖のあるこだわりみたいな物は大分薄れている。
それは、今回の目的でもあったから悪い事とは思ってはいなかったのだが、雅人はあまり良くは思ってはいない様だった。
「なんやそれ……」
「悪くは思わないでくれよ。素直に思った事を言っただけで否定するつもりはない」
「いや、否定してるやん」
「だから違うって」
「加奈、雅人はそんなつもりじゃ無いからね?」
「つもりじゃ無いからって、うちらは本気でやっとんねん。はいそうですかとはならんやろ?」
加奈の悪い所がでてくる。言いたい事は分かるのだが、忌憚の無い意見を言ってくれる事はありがたい。ここは俺が、上手く説明出来ない事には拗れてしまう。
「まだ作っている最中だよ。その中で客観的な意見は作っている本人は気づけない事だから」
「せやけど、まひるが作った方がええって事なんやろ? うちらの考えて来た事はなんやってん」
「そういう事じゃ無いんだって!」
「もう! 二人ともやめてよ!」
まだ俺たちは途中だ。新しい試みをする時に最初から上手く行くはずはない。けれどもライブやレコーディングと言ったプレッシャーから引くに引けない気持ちは俺だってある。
けれどもこんな所で躓く訳には行かないんだ。
ひなちゃんの言葉で、俺たちの間に嫌な沈黙が始まる。これで冷静に話し合えればいいのだけど、どうするのが正解なのかと俺は思考を巡らせていた。
ふと俺は昔の事を思い出していた。
「……太郎ちゃん?」
「俺の曲に不満があるのならいえよ?」
「いや、もっといいリフが無いかと考えていただけだよ」
「別に今ので充分だろ?」
なんとなく、最善の答えがある様な気がするのを分かってもらえない。いや、いつのまにか俺たちはそんな共通認識さえ持てなくなるほど溝がうまれていたんだ。
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