第70話 見えない生活

 アレンジを詰めていくにつれ、それぞれの意見が纏まり始めた。最初何を言っていいか分からなかった二人も曲の完成形が見えて来たのか、次第に楽器を持ってイメージを伝え始める。


 コミュニケーションをとる事で、二人がどんなアレンジを入れたいのか、どういうものが好きなのかが見えて来た様な気がしてきた。


「ここ、この音いれたら雰囲気変わるけど入れてええの?」

「スケールの範囲だから大丈夫だよ」

「まーちゃん、このリズムは?」

「ベースとギターで合わせればいけると思う」


 少しずつ形になっていくのが楽しくなってくる。二人ともしっかりと考えていたのが分かり、成長を感じていた。


「大体こんなかんじかなぁ……」

「まぁ、後は音だしてみん事には調整でけへんなぁ」

「でもかなりいい感じじゃない?」

「そうだね!」


 メロディもアレンジに合わせて改善を加えた。最初の懐かしい雰囲気から少し甘酸っぱい様な青春の匂いがする様に変わり、アレンジもかなり今風の要素が入ってきたと思う。


 それぞれの個性が上手く混ざっている。


「そろそろ明日に向けて寝とこう?」

「まぁ、あしたが本番やしなぁ」

「楽しみすぎて寝れるかなぁ……」


 そういうとベッドの下に布団をひいた。マットレスの柔らかさが苦手という事で加奈が下で寝る事となり、俺とひなちゃんがベッドで寝る事となった。


「ほな電気けすで?」

「「はーい」」


 オレンジの豆電球の明かりを残して布団にはいる。シングルベッドに二人で寝ている事もあり、ひなちゃんの体温がほのかに感じられた。


「なんかリトルの時の合宿を思い出すなぁ……」

「えっ、加奈は男の子と同じ部屋だったの?」

「そんなわけないやろ。少なかったけど女子もおる……うちは気にせぇへんねんけど気は使われてたんやろなぁ」

「そうなんだ……」

「丁度女子が三人やったから、今みたいな感じやな」


 加奈が経験して来た世界は特殊だ。まぁ、今の俺の状況も大分特殊ではあるのだろうけど。


「ちょっとまーちゃん。布団からはみ出るの!」

「ひなも引っ張りすぎだよ!」

「なんや、狭いんやったら抱き合うて寝たらええやん」

「いやいや、流石にそれは……」

「でも確かにわざわざ隅っこで寝る必要もないね」


 そう言うとひなちゃんは身体を寄せてくる。抱きつくとまではいかないものの確実にパーソナルスペースは制圧されてしまった。


「……近過ぎない?」

「嫌?」

「嫌では無いけど、腕の位置が困るっていうか」

「じゃあ、はいっ」


 彼女はうでを絡めると軽く手を繋いだような形になり、もう片方のてを腰にまわした。生々しい彼女の感触と香りが伝わって来る。


 これは……寝れない!


 少しでも動いたならすぐに伝わってしまう。微動だにできないまま、眠気はどんどんと覚めていく。


 静寂の中、彼女の呼吸音が少しづつゆっくりと変わっていくのが分かる。あまりにも静かすぎるせいか「しーん」と言う幻聴が鳴り止まない。


 そんな中俺は、この三ヶ月ちょっとの思い出がまるで走馬灯の様に思い出されていた。


 二人とも初めは全く知らない女の子だった。多分元のおれでは知り合う事もなく一生を終えていたのだろう。無茶苦茶な性格だと思った事もあったし、変な子だと感じたこともある。けれど今は、今まで組んだどのバンドよりも人として繋がっている様に思えるほどになった。


 ありがとう……これからも宜しく。


 そんな言葉を心の中でつぶやいて、俺はゆっくりと目を閉じ眠れないとしてもなるべく身体を休めようと思った。


 ……どれくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと浅い眠りではあるが寝れていた様だ。少し寒いのか、ひなちゃんは俺の胸元に入り込む様に身体を丸めていた。


 外がぼんやりと明るくなっているのが分かる。12月と言う事もあり6時は回っているのだろう。すると、ベッドの下の方から音がすると加奈が立ち上がり着替え始めた。


 こんな時間に起きてどうするんだ?


 すると彼女はベースを手に取り、クロマチックスケールを順番に弾き始めた。


 こんな日にも朝から練習するのかよ……。


 ここまで来るとまるでアスリートだ。しばらくして、母親が起きたのか一階から音がすると加奈はベースを置いて、下に降りて行ってしまった。


 あいつ、何するつもりなんだ?


 気になってはいるものの、ひなちゃんにホールドされている事もあり確認は出来ない。元々起きる予定にしていた七時半になると携帯のアラームが鳴った。


「はっ!?」


 するとひなちゃんが目を覚まし、直ぐにアラームを止める。まるで直前にでも起きていたかの様な反応。すると直ぐに彼女は俺に声をかけた。


「まーちゃん、朝ですよー」

「ううん……」


 本当は起きているのだが、あくまで寝ていた様に装う。すると、彼女はもう一度声をかけた。


「起きないと差し込んじゃうよ?」

「なにを!?」


 貞操の危機を感じた俺は慌てて起きる。ひなちゃんはそれをみて「ふふふ」と笑っている。多少の事は気にしない俺も流石に差し込まれる体験はしたく無い。ドキドキヒヤヒヤしながら二人で階段を降りると朝ごはんのハムを焼いた様な匂いが食欲をそそった。


「おはよう、二人とも。昨日はよく眠れた?」

「はい、おかげでぐっすり」

「何のおかげなのかな?」

「まひるはもう、友達にそんな事いわないの!」


 なぜ怒られたのかわからないまま、俺は周りを見渡し加奈を探す。すると、さっぱりとした彼女がお風呂場の方から歩いて来た。


「朝風呂入ってたの?」

「加奈ちゃん朝からランニングするからって、声をかけてからさっきまで走りに行ってたのよ」

「まぁ、日課やから声かけたらシャワー浴びたらって言ってくれはってん」

「いやいや、言われなかったらどうする気だったのさ?」

「別に、どうせこの後練習で汗かくやろ?」


 うん……ブレないやつめ。


「でも、リトルリーグの時はわかるけど今でも走っているんだね?」

「毎日走るのは流石に歌うって決まってからやで? それまでは運動不足解消程度には時々走ってたくらいやなぁ……」


 改めて、彼女の意識の高さに驚いてしまう。あの声量と安定感はこうした日々の積み重ねが実を結んでいるのだと知り、ボーカルの為に何もしていなかった事が恥ずかしくなって来ていた。

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