第69話 お湯

 結局、流れには抗えずに脱衣所に向かう事になる。頭の中で何か見落としていないかと考えていると冷や汗が止まらない。


「三人で入るとかうちの風呂やったら考えられへんわ。うちに泊まる事あったら間違い無く銭湯コースになるやろなぁ……」


 しみじみと呟く加奈を横目に、俺はそれどころでは無かった。入れ替わってから三ヶ月も過ぎてしまえば流石に女の子の身体にも慣れて来ている。だが、それはあくまで自分の身体だからというのがある。


 今まで全くドキドキしなかったのかと言われたら、もちろんしてしまう部分はあったのだが、どちらかというとどう成長してしまうのかと言った心配の方が大きくなっていた。


 脱衣所に入ると、それぞれが服を脱ぎ始める。加奈は豪快に脱ぎくるりと服をまとめ持って来ていた袋に入れる。タオルは用意しているものの着替えはそれぞれ持ってきていた。


「ほんま広いなぁ! 温度も自動やで!」


 サクサクと中に入る加奈とは違い、俺とひなはゆっくりと服を脱ぐ。彼女達の裸も気にはなるのだが、どちらかと言うと見られる恥ずかしさの方がヤバい。そっと股間に手を当てて隠してみるもそもそも薄く隠す物は無い。


「ほらほら、まーちゃんも入るよ?」

「ちゃんと掛け湯してはいりや!」

「わたしの家なのだけど……」

「風呂のマナーはどこもおんなじや!」


 俺とひなちゃんが先に湯船に浸かり、加奈は身体を洗ってから入る事になる。彼女は普段から洗ってから入っているらしく座り込むと洗面器でお湯をすくった。


「うーん、どれ使ったらええんや?」

「ボディソープそこの大きいので、シャンプーとかは白いのがわたしのだから使っていいよ?」

「石鹸ちゃうんか……」


 今時石鹸はあんまり居ない様な気がするが、それはさておき、ボディタオルを泡立てると身体を洗い始めた。


「なんか慣れへんなぁ……」


 そう言ってゴシゴシと洗う加奈。そんな事より締まり切った身体をしているのが気になっていた。


「なんや? 意外と胸もあるやろ?」

「……確かに」

「胸筋鍛えたら自然と付いてくるで?」

「それって筋肉なんじゃないの?」

「そう思うやろ? これが意外と柔らかいねん。触ってみるか?」


 俺が躊躇しているとひなちゃんは自然に手を伸ばした。


「本当だ! このままいけば結構大きくなるかもね?」

「まぁ、ひなは普通に柔らかそうやけどなぁ」


 チラリと自分のを見る。膨らみかけてはいるものの二人と比べるとまだまだ子供の体型だ。母親を見るにそこまで成長するタイプでは無いとは思う。


「心配せんでも、まひるは成長し始めてるだけや。うちは身長もそうやけど成長早かったからなぁ」

「運動していたからかな?」

「どちらかと言えば、辞めてからの方が成長したで?」

「過酷なトレーニングしてると止まるっていうからね。もしかしたら適度になって急成長したのかも知れないね!」


 加奈とひなが交代し、湯船に入ってくる。濡れた髪になっている彼女は普段よりさらに大人っぽく見える。


「やっぱり風呂では手首とか指とか鍛えといた方がええんか?」

「鍛えるというより自分はなるべく抵抗の無い角度とかを探す感じでは動かしているよ?」

「抵抗?」

「水の中で動かしていると水圧を受ける角度とそうで無い所があるのだけど、抵抗を感じない所は綺麗に力が働いているから弾く時も速くなると思っているんだよね」

「そうなんやなぁ……」

「まぁ、そう思っているだけで実際は分からないのだけど」


 ツッコミが来るかと思いきや、意外にも加奈は納得した様子で考えている様だ。そんな中、ひなちゃんが身体を流すために立ち上がるとその柔らかそうなシルエットがやけに魅力的でエロい。


 一瞬股間が膨らむ様な気がして抑えるも、そんなはずはない。不思議な錯覚に襲われたまま交代する事となった。


 身体を洗い終えると、順番に出る。平然は装ってはいたものの脳裏には二人の裸がしっかりと焼き付いてしまった。


 作曲に影響しなければいいのだけど……。


 風呂上がりの熱った感じのまま、ゆったりとしたパジャマに着替える。寝やすいからという理由だけでモコモコのパジャマなのだが、まさかの三人で一番女の子らしい格好となっていた。


「まひるはなんだかんだで女子力高いよなぁ」

「加奈がポテンシャルに頼り過ぎなだけだとおもうよ?」

「そのパジャマは可愛さしか無いよね」

「これ、夜にギター弾く時に暖かいんだよ?」


 紛れもない事実だ。別にちゃんちゃんこでもいいのだが、母親の持ってきた通販カタログでは良さそうなものがこれだったというだけなのだ。


 とりあえず仕切り直して、夕飯前に作った曲を弾いてみる。心なしか少し雰囲気が変わった様に聞こえた。


「こんなんやったっけ?」

「さっきより柔らかい感じになってるね」

「そう? 同じはずなのだけど……」


 風呂の影響なのか、録音していなかった事が悔やまれる。だが、まだ制作の途中という事もあり少し寝かした事で客観的に聞こえる様になったのかも知れない。


「そうそう、速く聴かせるにはこんな感じ?」


 俺は、細かなリフを入れてみたりリズムを変えてみたりしながら変化を見せる。テンポが同じでも裏でとったり音数の多いリフを入れる事で体感の速度が変わるのだと見せたかったのだ。


「今の、ドラムを頭打ちで始めたらもっと速く聴こえると思う!」

「せやけど、単純にテンポを上げたらええんちゃうん?」

「演奏を倍にしたりする事で緩急がつけやすくなるんだよ。実際に速く聴かしているのはアレンジが大きくて、メロディが速くなると早送りしているだけに聴こえたりするんだよね……」


 ライブをするとわかりやすい。普段より1.5倍位の速度になっていたりする事もあるのだけど、これはバラードとロック位速度自体は変わっている。だが、聞いている側でそこまで速くしていると分かるのは意外と少ない。


 つまりアレンジで速く作ってしまえば、ゆっくり聴かせる所でバラード位まで変化をつける事が出来るというわけだ。


「けれど、一貫性は必要だから……バスだけ残しておくとかそう言った工夫は必要になるかな」


 自分の意図を話しながら、アレンジでの理由を説明していく。今まで足りなかったのはそう言ったコミュニケーションだったのではないかとこの機会にしっかりと話そうと意識していた。

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