第68話 お泊まり会

 もしかしたら加奈は兄とキャッチボールが出来ると思ったのかも知れない。グローブを常に鞄に入れていた位だから、今でもチャンスがあれば投げたいのだろう。


 だが、わざわざ時間を取ってまで合宿を組んだのは彼女にキャッチボールをさせるためでは無い。


「とりあえず曲を作ろうか?」

「せやけど、曲を作るって言ってもどうするんや? コードとかメロディを作れるんはまひるだけやろ?」

「多分、ひなも作れると思う」

「そうなんか?」

「作るだけならできると思うよ。ただ、時間はかかってしまうからそのあたりどうするのかなとは思っているけど」


 今までの作り方は、必要な事に合わせ思いついたものを形にしていた。例えば振り付けをしやすい様にだったり、ゆっくりと盛り上げるように様にをどうすれば出来るか? と言った様に引き出しを漁る。


 だが、それでは俺の意向が強すぎて全体としての理解度が弱いというのが今回の課題だ。


「今から作れるとして間に合わせるには一、ニ曲が限界だとおもうんだよね。例えばだけど、どんな曲が有ればいいとおもう?」

「せやなぁ、うちらには代表曲みたいな曲が欲しいなぁ」

「結構いろんな雰囲気の曲があるから、纏まっていて尚且つ覚えられる曲かな?」

「なるほど……こういう感じはどう?」


 俺はそう言ってギターを鳴らす。比較的シンプルだがキャッチーさを意識したメロディだ。


「ええねんけど、あんまり今までと変わらんかな?」

「コードで弾き語りしているからというのもあるけど、普通な感じがするよね?」

「今の感じだとそうなるかな。いつもならここからやって見たい事に合わせてアレンジを変えたりするのだけど、メロディ自体で刺さる為にはこの時点で何か必要なんだよね」


 俺が欲しかったのはその部分だ。テーマが有ればメロディを詰める事だって出来るはずというのが、あの日のライブ以降でずっと考えていた事だった。


「……春を感じる曲はどう?」

「春? なんでまた?」

「私達ってまだバンドを初めてから春を迎えていないから、出会いとか別れとかの雰囲気をどう迎えるんだろうって」

「なるほどなぁ。確かにうちは二人と話す様になったんも夏休み明けてからやからなぁ……」


 春か……。そういえば意識した事は無かったな。だが、大した変化の少ない社会人とは違い中学生の春というのは特別な季節でもある。


「二人の春のイメージってどんなのだろう?」

「春は……選抜の甲子園やな!」

「まぁ、そうだけど。曲を作る為のイメージとはちがうくない?」

「他に言うたら新しいクラスやったり、桜やったり、先輩が卒業したりちゃうかな?」

「うんうん、憧れの先輩が居なくなったり仲良く遊んでいた年下の子が入学してきたら急に先輩って呼ばれたり!」

「確かに卒業式とか入学式のイメージだよね」


 頭の中で仰げば尊しが過る。あの雰囲気を表現すると言うのは洋楽の引き出しだけでは難しそうだ。


「中学生感って武器にならないかな?」

「どういう意味や?」

「こないだの対バンでも、年上ばっかりだったからリアルをクオリティ高く表現出来るのは私達だけなんじゃ無いかなって思ってみたのだけど……」


 確かに、この年齢での武器と言えばそうなる。だが、二回目の俺にそれを作る事は出来るのか……いや、その為にこの合宿があるんじゃないのか?


 頭の中で青春の影を通り過ぎSongwriterのメロディが浮かぶ。正直リアルタイムの世代ですらないが、俺のなかで浮かんで来るメロディはそれらの切ない音楽にピアノが流れている様な音楽だ。


 さらりとメロディを咀嚼してコードに起こして弾いてみる。我ながら雰囲気のあるいい出来だ。


「すごいなまひる。そんなんも作れるんか」

「うん、春の匂いがしてきたかも?」

「でもなんていうかうちらの感じちゃうよなぁ……」

「だけど、この感じを高速でって難しすぎるよ」

「うーん……出来なくはないと思うんだけどね」


 多少はメロディをいじる事にはなるかも知れないが、アレンジで速く聞かせたり、メタリックにすると言うのは出来る様な気はした。


 ただ、海外には無い世界観の為引き出しとしてはかなり難しくはなってしまう。そこまで考えたところで夕飯をつげる母親の声が響いてきた。


「続きは晩御飯を食べてからにしようか」

「せやな。まひるのうちご飯たのしみやわ!」


 晩御飯は至って普通の肉じゃがだった。しかし、二人が泊まりに来ている事もあり、兄と母親は時間をずらして食べることとなり、普段とは違う自宅での雰囲気に俺はソワソワとしていた。


「うまっ! 肉じゃが美味いわ!」

「加奈んちは焼き鳥の居酒屋だからあるんじゃないの?」

「牛すじとかはあるけど、肉じゃがはないで?」

「まぁ、飲み屋ではあまりないメニューか……」

「こうして三人で晩御飯も楽しいよね」


 ふとひなちゃんが言った一言が沁みる。途中から母親も話に入ってきたりと、実際には見た事は無かったのだがどこか懐かしいような光景が広がっている。


 普通の青春というのは無いのかも知れないけれど、なんとなくこの雰囲気がそう呼べる物だとは思う。この合宿が二人の中で青春の1ページにそのうちなるのだろうと思う。


「ご飯たべたら、タオル用意しておくから先にお風呂に入りなさい?」


 その母親の言葉に、俺たちは顔を合わせた。多分、二人とはきっと違った考えが過っているのはわかっている。


「やっぱり一番風呂はまひるから入るか?」

「そうしよっかな……」

「えー、三人で入ろうよ?」

「あほか、風呂に三人でなんか入れるかいな!」

「そんな事ないよ。前に二人で入ったけど、一人が身体を洗っていれば入れる大きさだよ?」

「は? そんな広いんかいな? それは入ってみたいなぁ」


 チラリと母親がみると、少し考えた様に口を開く。


「まぁ……二人位なら湯船に入れなくはないわね?」


 以前から思っていたのだか、確かに一般家庭よりはすこし広い様に思う。だが、問題はそこじゃ無い……この二人と入るという事は色々とヤバいんじゃ無いだろうかと俺は心配になっていた。

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