第67話 秘策

 誘われたライブは一月末。

 期間としては一カ月以上はある。

 とはいえ、テーマに悩んでいた事から新曲のレコーディングまでを終わらせたいというのが本心だ。


「一月ですか……」

「前回のライブもあのバンド達の中でよくやれたと思うから、経験を積むと考えれば問題はないと思うよ」

「せやまひる。当たって砕けろやで!」

「砕けたらダメでしょ……」


 とはいえ、こんなチャンスは受けない手はない。俺たちは挑戦の意味も込め受ける事にした。


「そういえば西田さんのレーベルって、ガールズバンドばっかりなんかな?」

「知り合いって話だから、そういう訳でもないんじゃない」

「目をつけている……って可能性もあるとおもう。次の獲物に女の子を集めて……」

「ひな、生贄みたいにいわない!」


 とはいえ、田中さんに声をかけているという事は少なからず目をかけているバンドなのだろう。もしかしたら次にレーベルに誘うという事もあるのかも知れない。


 あの人の事だ。少なからず何かしらの考えはあるのだと思っておいた方がいいな。



★★★



 一晩考えた結果、俺は一つの結論にたどりついた。いままでは一人で曲を作りアレンジをしてもらった物を調整する形で作曲してきたのだが、一度三人で作ってみてはどうかと考えた。


「三人で作るって、そんな時間取れる場所あらへんやろ」

「実際何日かはかかってしまうと思っている」

「スタジオ代の問題もあるし、練習する事も考えるとライブのバック分だけやと全然たらへんのちゃう?」


 加奈の言う通り、スタジオに八時間とか入るとなると一気にお金は飛んでいってしまう。バンドのお金は他にも使いたい所があることもあり悩ましい所だ。


「その通りなのだけど、調整以外の部分を楽器の持ち寄りとかで出来ないかなと思って」

「誰かの家でって事かいな?」

「それなら私にアイデアがあるよ?」

「何か思いついたの?」

「波乱ありラッキースケベありのお泊まり会をしたらいいと思う!」

「お泊まり会はええけど、誰がラッキーやねん!」


 はい……俺です!


「私だよ?」

「ひなかい!」


 だが、確かにお泊まり会の形で曲を作るのはありかも知れない。イメージなんかをそれで固めてしまえば普段の練習時間でも充分完成する気はする。


「それはそうと、誰の家に泊まるの?」

「うちでもええけど、夜は店やってて壁も薄いから結構騒がしいで?」

「ひなの家は多分無理だよね?」

「……うん。ごめんね」

「とりあえずわたしの家で聞いてみようかな」

「そうしてくれると助かるわ」


 アンプを繋がないとはいえ、夜中に話す事になるのは母親に相談した方がいいだろうと思った。


「あっ! そうや!」

「どうしたの?」

「ええところあるやん、ちょっと聞いてみるわ」


 そう言うと加奈はメッセージを送る。するとすぐに彼女の意図を理解した。


「山本、急用ってなんだよ?」

「ええとこに来たな雅人!」

「いや、お前が呼んだんだろ。休み時間も短いんだから早く言えよ?」

「今後雅人んちに泊めてくれや?」

「なっ……それって」

「何照れとんねん。うちら合宿したいと思っててな、雅人んちなら楽器も使えるしええんちゃうかなって」

「……そういう事かよ。ただどっちにしても営業してる時は無理だからな」

「いけそうな日を聞いといてくれるだけでええねん!」

「まぁ、一応聞いとくけど期待はするなよ」

「期待するのは雅人くんの方だよね?」

「毎週来てる小山がそれ言うと一番シャレにならねぇからな?」


 確かにひなは練習で雅人の家に行っているのか。それなら多少の可能性はありそうだ。音も出せる環境で合宿が出来るならそれに越した事はない。


 だが、雅人の家で合宿するのであれば徹夜でやるのは確定だ。流石に雅人と川の字で寝ると言うのは雅人の雅人がえらい事になってしまうだろうしな。



 それぞれ合宿に向けてやるべき事を進める事になる。中学生という事もあり、それぞれ親に許可を取らなくてはならないというのと、スケジュールを立てなくてはいけない。


 結果、最終的にに決まったのは週末に俺の家で一日お泊まり会をした後、翌日の朝からに雅人の家のバーを借りるというものだ。朝から夕方までなら使っても構わないと寛大な許可をくれた。これなら夜遅くまで家で弾く必要は無くなるし、効率よく曲作りが出来そうだ。



 そして当日。加奈とひなが楽器とお泊まりセットを持って家に来る事となった。


「お邪魔しまーす!」

「こんばんは!」


「あら、ひなちゃん久しぶりね。そちらの子は?」

「山本加奈子いいます」

「加奈ちゃんね、いつもお世話になってます。まるでモデルさんみたいに綺麗な子ね」

「いえいえ、お母さんも若くて綺麗で……」


 確かに母親は美人だと思う。だけど、流石は接客業を手伝っているからか大人への対応が慣れている。


「相変わらず綺麗な家やなぁ。それとまひるはおかん似なんやなぁ……」

「そう? でも加奈もお母さん似だよね?」

「手足の長さはそうかもしれんけど、顔はおとん似やで?」

「いやいや、全然ちがうよ?」

「今はヤクザみたいになっとるけど、若い頃はうちに似た優男やったんや」

「……そ、そうなんだ」


 確かにはっきりとした目やキレのある顔立ちという点では似ているのかもしれない……。という事は若い頃は結構なイケメンだったという事か。


 部屋に案内し荷物を置く。夕飯までは時間があるので早速曲作りを始めようと思っているとドアをノックする音がした。


「あれ? お兄ちゃん? 何か用?」

「ちょっと……」


 手招きされ廊下に出ると小さな声で囁いてくる。


「あのモデルみたいな子誰だよ?」

「加奈の事?」

「加奈ちゃんって名前なのか。それにしても美人すぎるだろ……」

「ひなも可愛いと思うけど?」

「それはそうだけど、小さい時から見てるから別に驚きはしねぇよ」

「何? 加奈に一目惚れでもしたの? 多分思っている感じでは無いと思うよ?」

「どういう意味だよ?」


 するとドアがガチャリと開く。


「うわっ!」

「お邪魔してます、まひるのお兄さんやんな?」

「そうだけど……」

「今も野球してはるんですか?」

「いや、野球は中学までで……今はギターをしてるくらいかな……」

「そうですかぁ……」

「あれ? なんか凄く落ち込んでない?」


 そういえば、加奈は俺がお兄ちゃんに野球を教えてもらったと思っていたのだった。

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