第64話 テーマ

「少し落ち着いて下さい」

「すみません……」


 そうは言ったものの、俺自身も動揺しておりまさか同じ様な境遇の人物が居るとは思ってはいなかった。本当に同じなのであれば今後の為にも言ってしまうのもいいだろう。


 しかし、彼というか彼女の状況には違和感があった。


「前世というか、入れ替わる前はデザイナーだったのですか?」

「はい……大手代理店のディレクターをしていました。これでも結構売れっ子だったのですよ」


 彼はまるで隠す様子もなくすんなりと話した。デザインの実力からしても事実なのだろうと思う。


「もう既に今の生活に適応していると思うんですけど、どうしてそこまでしてリスクを負うのですか?」

「適応……そうですね。高校生で食べていける位は稼いでいるって事ですよね?」

「現時点で食べていけているし、そのまま独立するビジョンも見えているとおもいます。カミングアウトのリスクを犯してまで……」

「リスク? 私は話すことには特にリスクは感じてはいないですけど……もちろん、公に言うつもりはありません。それをしたらカテゴライズされてしまいますからね」

「なるほど、そうですね……」


 確かに、美少女の中身がおっさんなのとイケメンの中身がおばさんデザイナーなのとでは印象は違う。実際のところおばさんなのかはわからないが、大手でディレクターをしていたくらいなのだからそれなりにはいっているだろう。


「……あの、一つ聞きたいのですが」

「私が答えられる事であればお答えします」

「どんな状況で入れ変わりましたか?」


 タキオは物憂げに外を見つめ、アイスコーヒーを口に含むとまるで思い出話でもするかの様に話し始めた。


「私は部下と車で取引先に向かう最中に変わりました」

「変わった時代とかは……?」

「時代は変わってはいないですけど三年ほど過去には戻っていました。それで……」


 起きている時と言う違いはあれど。状況はほぼ同じ。

 大きく違うのは、俺は動揺はしたものの入れ替わった事への嫌悪感みたいなものはさほど無かったと言う事と、デザイナーとして出世街道を走っていた彼女と絶賛失業確定状態だった事くらいだ。


 確かに、同じ状況なら入れ替わりたくは無かったのかも知れない。


 だが、彼は入れ替わってから二年経っているのだと言っていた。つまりは俺が入れ替わった時に同時的き起こった事ではなく何か別のきっかけがあるのかも知れない。


 ここまで来ると、言わない訳にはいかないな。


「わたしも似たような状況です」

「やっぱりそうなのですか?」

「ただ……自分の場合はまだ三か月ほどしか経っていません」

「それであんなライブまで?」

「いや、運が良かったんです。偶然いいメンバーにも恵まれましたし、いい人にも出会えた」

「実力がある人はみなさんそう言われます。もしかして入れ替わる前は有名なギタリストだったのでは?」

「活動していた時期も有りますが、ただのライブハウスの店員です。ギターはずっと弾いてましたけどね」

「そうですか……」


 そういうと、期待していた事と違ったのかどこかガッカリした様子を見せる。


「なにか失望させちゃいましたか?」

「いえ、貴方が悪いとかそういうのではなくて……私個人的にどうすれば戻れるのかと思っていたので」


 彼は戻り方を探していたのだ。


「すみません……」

「いえ、だけど戻れるとしたら私の方が先になりそうですね」


 そういう事か。

 俺も入れ替わった当初考えていた。だが、おれが考えていた事とは少し違う。俺はもし戻ってしまった場合に『まひるちゃん』がどうなるのかと考え、バンドで食べていける様にと思っていたが、確かに仕事をかかえていた彼女の場合は戻る事のほうが大事な事なのだろう。


「あの……」

「いえ、だからと言って今回の話が無かった事とかにはしません。出来ればこれからもこの繋がりを通じて情報交換出来ればと思っています」

「情報交換ですか?」

「はい……多分、まひるちゃんと、タキオで何かしらの共通点はあるかも知れないですし、元の身体に共通点があるのかも知れない。それが分かれば戻る事も出来るかも知れないと思っています」

「確かにそうですね」

「貴方がいたという事は他にも居るかも知れないですからね!」


 彼女の言う様に、入れ替わりのタイミングを迎えた彼女の状況を知る事で今後俺がどうなるのかの一つの目安になるのは間違いないだろう。


「とりあえずこの内容ですすめますので、また何か情報があればお願いします」

「こちらこそ!」


 そういってとタキオと俺は別れた。

 制作の内容に関しては二人にメッセージを送ったもののタキオの正体については特に言わなかった。もしかしたら今後元の身体に戻る時には加奈やひなちゃんにも伝えなくてはならないタイミングがくるのかも知れない。


 それまでに俺は、巻き込んでしまっている彼女たちのためにも俺の出来る事を最大限にやっておく必要がある。いつか俺がいなくなったとしても今までの様に音楽を楽しめる様に、一緒に出来て良かったと思える様に。


 その中で俺は少しだけ『俺の音楽』を残しておきたいと思っていた。ただのエゴなのかも知れないけれど、今後活動していく上でのテーマとしてひっそりと加えておこうと思っていた。

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