第63話 もう一人の
タキオと話すにあたり、決めておかないといけない部分が幾つかあった。それはリクソンさんとの話とは大きく違う部分がある。
リクソンさんはあくまで後払いなのだが、タキオの方は成果報酬という形になる。つまりはいつまでその成果を払わなければいけないのか? という所が問題だ。それはある意味バンド活動をしていく上で大きな縛りにもなりかね無い。
俺はその事を二人に話しておいた。
「Tシャツとかは分かるんやけど、バナーとか画像みたいに売られへんのはどうするんや?」
「その辺りも聞いておこうかと思ってる」
「まぁ、うちが連れて来たけどあかんおもたら断ってもええからな?」
「うん。その時はそうするよ」
なるべく慎重に進める為にもリスクはしっかりと話しておく必要がある。クオリティにテンションが上がっていただけに、いざ断った時に二人が納得出来ない事にはしたく無かったからだ。
ついでに俺は、彼がブランディングなどもしている事もあり、バンドのテーマについてもアドバイスをもらえないかとも考えていた。
「うちらはそれでええから頑張って来てな!」
「まーちゃんファイトだよっ!」
「うん、出来るだけいい報告が出来る様にするよ」
学校を終え、家に帰るとなるべく大人っぽく見える服に着替える。商談というのは大袈裟なのかも知れないが、人目につく場所だった時に変な誤解をされない様にする為だ。
こうして俺は待ち合わせのカフェの前で待つ事にした。五分前になり、ゆったりとした服装の清潔感溢れる青年が小走りで歩み寄ってきた。
「すみません! お待たせしてしまって」
「いえ、わたしもさっき着いた所なので」
「それならいいのですが、早速入りましょう」
そう言ってタキオがカフェに入ると付いて行く様に俺も中に入った。
「まひるさん何にされます?」
「そしたらアイスコーヒーで、砂糖とかは要らないです」
「すみません、アイスコーヒー二つで」
彼はサラリと二つ注文し、会計をすませる。領収書を財布に入れた所で俺は声をかけた。
「いくらでした?」
「いえ、領収書を切ってますのでお気になさらず」
「でしたらお言葉に甘えて……」
心なしか喋り方が丁寧になる。しかし、側から見ればオシャレな高校生と女の子がデートしている様にしか見えないだろう。
「早速なのですが……」
そう言って、印刷されていた資料を二つ広げる。内容としてはデータで送ってもらったものと同じだった。
「デザインについてですけど、イメージに近いものはございましたか?」
「一応候補は話して来たんですけど、結構振れ幅があったので理由を聞いておこうかと」
「でしたらパターンは後日でも構いませんよ。気になるものを言って頂ければ説明致します」
俺はアイコンみたいなデザインと、バンド名だけが書かれたシンプルなものを尋ねる事にする。
「これは、ライブの時にニルバーナのパロディのTシャツで揃えられていたのでイメージマークを作りました。イメージマークにされるのであればパターンを作成します」
「なるほど。そうだったんですね」
「こちらのシンプルなタイプは、有名ブランドなどのトレンドでもあるので普段も合わせて着やすい物にしています」
「確かに色んなファッションで着れますね」
バンドTスタイルだと古着寄りのカジュアルスタイルやフェススタイルに寄ってしまう。もちろんそれを求めている人も多いが、タキオが言うにはオシャレ着としてさりげなく着ると言うのを提案してみたとの事だ。
「それで成果報酬なのですが……」
グッズに関しては売れた分から材料費を抜いたうちの利益の半分。バナーなどに関しては最初以降で使用する際の売り上げに合わせてとの事だ。
「本当にそれでいいんですか?」
「構いませんよ」
バナーなどは材料費が掛かっていない事もあり、理解は出来るがグッズは売れなければ赤字になってしまうだろうと思ったからだ。
「追加発注などの場合枚数などは相談して頂きたいですが、私としてはあくまで投資しているのだと思って頂ければ」
言っている事は理解出来る。それだけ期待してもらえているのだと素直に喜んでいいのだろうか?
「あ、あと相談なのですが……」
俺はすかさずテーマについて聞いてみた。
「なるほど、テーマですか。バンドのテーマとは違うのかも知れませんがブランディングの基本的な考え方は差別化です。同じ事業の傾向から差別化をする意識で考えてみるのはどうでしょうか?」
「差別化ですか……さすがプロというか、そういう目線があるんですね」
「まぁ、この業界も長いですからね」
経験値が違うのだろう、まるで会社に勤めてから独立したかの様な雰囲気だ。関心していると、彼はそっと口を開いた。
「まひるさんもギターは初めて長いのですか?」
「そうですね、二十年くらいは弾いてます」
いつもの冗談を言ったはずだったのだが、俺がそう言った瞬間、それまでの余裕に満ちた表情が一変した。
「やっぱり……」
「やっぱりってなんですか、よく言う冗談なんですけど」
「冗談……はは、そうですよね」
「タキオさん?」
彼は不自然な苦笑いを浮かべ、まるでガッカリした様に肩を落としていた。
「ああ……少し変な話をしてもいいですか?」
「変な話? 時間はまだあるので問題ないですよ」
「実は私、女性なんです」
「もしかしてLGBTとか言う奴ですか?」
「そうでは無くて。いや、結果的にはそうなってしまうのかも知れません」
どこか中性的な雰囲気だとは思っていたが、そういう事だったのかと妙に納得した。だが、なぜ今ここでカミングアウトしたのだろうかと疑問が残る。
「二年ほど前に、急にこの身体に入ってしまって」
「えっ……まさか」
彼の言葉に動揺し俺は冷や汗が溢れ出す。それ以上にこんなにあっさりとカミングアウトした事に驚きが隠せなかった。
「その反応……やっぱり貴方も?」
「あ、いや……わたしは……」
「本当の事を教えて下さい、私は同じ境遇の方をずっと探して元に戻る方法をずっと!」
「ちょっと、落ち着いて下さい! ゆっくり、ゆっくり話しましょう!」
「すみません……ですが、同じと考えても宜しいのですよね?」
俺はどう答えるべきなのか、言葉を詰まらせてしまった。
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