第62話 社会人
やはりスターラインも明確なテーマを持っていた。けれどもそれはヒロタカさんの性格というか人間性みたいなものなのだろうと思う。
うちのバンドで同じ様に考えるとしたら、加奈かひなちゃんのどちらかに振ってしまった方がいいのだろうか。けれどもそれをする事で、片方に無理強いしてしまう様な事になるなら俺はしたくない。
「ヒロタカさん上手くいくんかなぁ?」
「それはバンドの話?」
「バンドは充分上手く行ってるやろ。菅野と付き合うとかなったらなんか複雑やけど、あの人がええなら上手く行く方がええ!」
「そうだよね」
加奈は菅野が嫌いというよりは、嫌いを演じていないといけない様に思っている様な気がした。それを証拠に二人に合いそうなデートプランを提案したり、まるで取説のような事を話していた。
「けれど、気分良くなる様にヨイショしてあげるというのは悪意があると思うなー」
「せやけど、菅野はそういう所あるやろ?」
それには俺も同感だ。彼女は実際学校では成功している部類には入るものの、本当に勝ちたい場面では勝てないという負目があるのだと思う。だからこそ、人より承認欲求が高い部分があったり、地位を脅かされる事に敏感なのだろう。
その点、加奈は大きな勝負には勝ってきたタイプだ。理解し合える事の方が難しいのかも知れない。そもそもコイツは勝負に出て負けた事があるのか? 甲子園に行く夢はそもそも勝負する前の話だし、戦うと決めて負けたというのを聞いた事が無い。流石にあえて言わないだけでピッチャー時代には負けているのだろうけど……。
結局その日テーマが纏まる事は無かった。俺が一度じっくりと考える必要があったのと、ヒロタカさんと菅野の恋愛話で二人ともそれどころではなくなっていたからだ。
家までの帰り道、やっぱり二人は女子中学生なのだとしみじみしながら帰る。いつまでも少年の心を持っているとは思い、最近では慣れてはきたものの流石に一緒に盛り上がれるほどではなくニヤニヤと俯瞰的に見ている自分がいた。
その点、ドリッパーズのメンバーみたいなのはおとなびているのかしっくりくるのは俺の精神年齢が大学生くらいなのだろう。
家に着く瞬間、ふと俺のスマートフォンが鳴る。またヒロタカさんかと思い画面を見ると、そこには『タキオさん』と表示されている。それを見て慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし、タキオと申しますが覚えていらっしゃいますか?」
まるでちゃんとした会社の社会人の様な口調に、俺は背筋が伸びる様な気がした。
「はい……」
「いま、お時間宜しいですか?」
コイツ高校生だったよな。どんな家で生まれたらここまでビジネスライクな対応になるんだ?
「大丈夫です……けど」
逆に、社会人だったはずの俺はダメダメだ。企業だったらきっと指導が入ってしまうだろう。
「そうしましたら、プランをいくつか考えさせて頂きましたのでメールを送らせて頂きたいのですが?」
「……プランですか?」
「はい、今後のコンテンツやグッズなどを纏めています。それを元に成果報酬としての契約をさせて頂ければと思っています」
ちょっとまて、ちゃんとしすぎだろ。ライブハウスで働いていた以上、チラシなどの取引はした事はあるがここまでしっかりとしたものでは無かった。
「あ……は、ははい」
「もちろん、メンバーともご相談が必要だと思いますので直ぐにとは言いません。別途お話する時間を設定させて頂く形で対応しますので、宜しくお願いします」
「わ、わかりました。一度、相談させていただき連絡させて頂きますね」
「では、ご連絡お待ちしております」
何なんだよ。まさか、この歳で高校生に圧倒されるとは思っていなかった。正直寒いはずなのにインナーが汗で張り付いているのが分かる。
俺は家に帰り、服を着替えるとメールアドレスを送る。すると直ぐにPDFの添付資料の付いた定型文の様なメールが返って来た。
「……マジかよ」
その資料には、Tシャツやライブハウスでの簡単なポップ。宣伝の為のSNSでのイメージバナーのデザイン案が記載されている。さらにはそれだけではなく、音源制作時の必要になるであろうバナーパターンや、人気のWEBサイトへのアプローチを費用と合わせて纏められている。
リクソンさんが可愛く見える金額だな……だけど、成果報酬と書いてあるし、初期費用も要らず同時に収入になるというのは一周回って怖くなるレベルだ。
直ぐ様二人のグループチャットに送ると、意外にも二人はテンションが上がった様に返事がきた。
『すごいやん!』
『プロみたいだね、これで成果報酬ならお得だよね!』
まぁ……確かに。
投資という感覚なのだろうか。彼ならそんな事をしなくても充分に成功出来る様な気もするのだけど。
裏を考えてしまうのは大人の悪い癖なのかも知れない。もしかしたら彼はこれを元に他のアーティストに営業をしていくつもりで、しがらみ無く好き勝手にさせて貰えそうだから声を掛けてくれたのかも知れない。だとしても、どこか不信感が拭いきれないでいた。
だが、加奈やひなちゃんも乗り気な以上、一度話をしてみるしか無い。俺は直ぐ様可能な日程を送り、スケジュールを調整してもらう事にする。すると、返事は直ぐに来たものの追記されていた事に戸惑ってしまう。
『日程の連絡ありがとうございます。打ち合わせは決裁者のみでお願いいたします。また、提案内容の中に専門的な技術者や別途外部に委託されている場合は担当者を連れて来ていただいて構いません』
つまりは、俺一人で行かなくてはならないのか。確かにこれは遊びじゃ無い、彼自身仕事として行っている事もありスムーズに進める為には重要な事だ。しかし、普通に考えればそうなのだが、なんとなく今回ばかりは嫌な予感がしてならなかった。
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