第61話 お誘い

「決めておきたいイメージは分かったのだけど、それでどうするの?」

「そこなんだよねぇ……」

「なんやまひる、意気揚々と語ってた割にその先を考えてへんかったんかいな?」

「うっ……」


 言い訳をするなら俺なりには考えていた。ただ、話していくうちにどう纏めるべきかが分からなくなってしまったのだ


「だって二人とも全然違うし」

「そら感動させるテーマゆうたら『友情、努力、勝利』やろ、それを最強最速でやればええやん?」

「どこの少年漫画なのさ、ひなの意見が全然入ってない」

「まぁ、せやけど……」

「繊細でカラフルな音楽で、初恋の様にセクシーに……」

「それはそれで少女漫画みたいなテーマだし、そもそも初恋をセクシーにっていうのはどうなの?」


 セクシーをエロくすると考えると、それじゃあまるで童貞少年の発想だ。


「そもそもまひるがガバガバすぎんねん。青春ゆうといたらええおもてるやろ?」

「うっ……」


 それを言われると痛い。俺自身の青春の解像度は他にほとんど興味が無かった事もありギターを練習していた事くらいしか無い。イマイチ共感出来そうなものが思い浮かばなかったのだ。


 順調に行ったかに思えたミーティングは、三人のため息と共に振り出しに戻る。西田さんや、リクソンさんの課題の難しさに正直ここまで苦戦するとは思ってはいなかった。


 すると、俺のスマートフォンにメッセージが届いた。


『まひるちゃーん! 助けて!』


 ヒロタカさんから送られてきたSOS信号の様なメッセージ。俺に送って来ると言う事は多分ギターのアレンジや音の事だろうとは思うが、これではまるで拉致されているみたいだ……。


「どうしたんや?」

「ヒロタカさんが助けてって」

「それ、ヤバい奴ちゃうん?」

「書き方的には大丈夫だと思うけど……」

「まぁ、このまま話してても進みそうもないし何があったんか聞いたらええんちゃうか?」

「そうだね……」


 俺は気軽に何があったのかを聞いてみる事にした。


『どうかしたの?』

『ちょっと相談に乗って欲しいです。今から大丈夫すか?』

『加奈達もいて良ければ!』

『すぐ行くっす!』


 何やら直接話したい様子だ。加奈達が居ても問題がないところから、やはりギターの相談なのだと思った。しばらくして、俺たちは駅前で待ち合わせることになる。


「お疲れっす〜」

「急な連絡でびっくりしましたよ!」

「加奈ちゃんもひなちゃんも、一緒の所申し訳ないっす」

「タイミング的にも問題あらへんからええですよ」

「うんうん。むしろ助かったよね!」

「助かったんすか?」


 ヒロタカさんは不思議そうな顔をして首を傾げた。確かに『助けて』と連絡して助かったと言うのは意味がわからないのかも知れない。


「バンドの打ち合わせで行き詰まっていたので……」

「なるほど、そう言う事っすね。バンドでの話し合いは纏まらないとどうしていいか分からなくなるっすよね!」


 スターラインでもそういう事があるのだと、俺はなんとなく安心した。もしかしたら他のバンドもみんな通って来る道なのかも知れない。


「せやけど、相談って何やったんすか?」

「あんまり広めないでいては欲しいんすけど……」

「うちらは話し込む様な友達はおらんから安心してええですよ?」

「それはそれで心配になるんすけど?」


 確かに。だが、正直なところこの三人以外だと雅人くらいしか話す事はない。そもそもそれ以外の人ふヒロタカさんを知らない人の方が多いのだから、クラスメイトや学校の友達に話しても意味がないだろうと思う。


 だが、彼の口から出た言葉にその考えを正さなければいけなくなってしまった。


「お友達の菅野さんって人の話なんすけど……」

「は? 菅野が友達かはおいといて、あいつがなんかしたんか?」

「実は……デートに誘われたんす」

「「えーっ!?」」


 菅野はそもそもヒロタカさんに一目惚れしていた訳で、デートに誘っていたとしても不思議では無い。だが、彼女の行動力が思っていた以上にあった事に驚いた。


「それって言っちゃっていい事なの?」

「だから秘密にして欲しいんすけど……文化祭の時も一緒にいたのに友達じゃないんすか?」

「その辺りは説明すると長くなるんだけど、ヒロタカさん的にはどう思ってるの?」

「弄んでやろうとか……?」

「いやいや、そんな事は思ってないすよ。美人なタイプだとは思うすけど……」


 確かに菅野はカースト上位という事もあり、それなりに見た目がいい。個人的には加奈やひなちゃんの方がレベルは高いと思うが、大人っぽいというか垢抜け具合は彼女の方が上だ。


「うちはあんまりオススメはせんけどなぁ」

「えっ、そうなんすか?」

「仲直りしたとはいえ、加奈と菅野さんは犬猿の仲だからねぇ」

「喧嘩してたんすか? なんかその辺りめっちゃ気になるんすけど……」

「うちの事は気にせんでええですよ。あいつもええとこありますし、まひるが言う様に仲直りはした形になってますからね!」


 不安を掻き立てられたヒロタカさんは少し悩んでいる様に思えた。正直おれが逆の立場ならそのままデートをしていただろう。現状裏側を知っているからこそ悪い所が見えてはいるが、あの件に関しては菅野の気持ちも分からなくは無い事からあいつがそこまで悪い奴とは思ってはいなかった。


「デートしてみて決めるのがいいんじゃないですかね?」

「それもそうすね……」


 意外と彼は優柔不断だ。全方位に愛想を振り撒ける分、八方美人になりやすいと言う事なのだろう。ただ、折角ここまで来てくれている事もあり、俺はスターラインの事を聞いてみたいと思っていた。


「話は変わるんですけど、スターラインもなにかテーマってあるんですか?」

「音楽的にすか? それともバンドの方向性とか目的みたいな話すかね?」

「一応、両方とも聞いておきたいかなと」

「なるほど……」


 そう言うと、ヒロタカさんはそれまでの優柔不断な雰囲気からスッと真剣な表情へと変わった。


「うちは俺がほとんど決めてるんすけど、勇気をだす後押しが出来る様なバンドになりたいなと。スターラインの曲を聞いたりライブに来てくれた人の何かを変えるきっかけにしたいと言うのがテーマっすかね?」


 思っていた以上にしっかりとした考えに、俺は目から鱗が落ちる様な気がした。加奈やひなちゃんも関心した様にヒロタカさんへの眼差しが変わった様に思えた。

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