第60話 また野球

 俺たちはそれぞれアイデアを持ち寄る事にした。理由としては、二人が今後をどう考えているのかを知りたかったというのもあるが、『らしさ』を出す為にはそれぞれのやりたい事を取り入れる必要があるのだと思ったからだ。


「二人ともしっかり考えてきたかな?」

「まひるなんか先生みたいになっとるで?」

「そうかな?」

「まぁでも、改めて考えたらめっちゃ難しいなぁ」

「答えはないからね」


 そう、答えは自分の中にしか無い。なんでも正解になり得るのだけど、本心で思えていない事には間違いという事でもある。実際、一緒にバンドをしてはいるものの育ってきた環境は三人とも大分違う。


「ほなまぁ、うちから発表しよか?」

「うん。それがいいと思う」


 そう言うと、メモをして来たのかスマートフォンを開く。その事から真剣に考えて来たのだろうと思った。


「色々考えてんけど、うちはやっぱり最速、最強を目指したい。わかりやすいし、向いてるともおもとる。ライブでのピッチャー四番を目指すんや!」


 球児だった彼女らしい意見。イメージとしては抽象的だがその分縛られにくい幅もある。


「加奈らしくていいと思う」

「うんうん、加奈といえば野球だよね!」

「せやろ? 我ながらここまでしっくりくるのは中々ないおもうねん!」

「それじゃあ、私も……」


 つられる様にひなちゃんも口を開く。こう言う事は最初か最後が一番話しづらい事もあり、俺は最後に纏める意味も込めて話そうと思っていた。


「私は……楽しくなる様な曲がいいかな?」

「それやったら最速で盛り上がるのがいっちゃん楽しくできんちゃうか?」

「そうだけど……」


 だが、ひなちゃんはまだ思う所があるらしい。他人に引っ張られて意見が言えなくなるのは避けなければならないとリクソンさんも言っていた。


「何かあるの?」

「うん。速くするのはいいのだけど、音楽的な感じも出したいというか……アーティストをしたいかな?」

「なんやそれ? ようわからんけど、緩急が大事っちゅう話なんか?」

「それもあるよ。だけど、風景が浮かぶ様な曲もしてみたいんだよね」


 より抽象的になった気がする。けれどもなんとなく言いたい事はわからなくも無い。一概に速くすると言っても単純にテンポを上げる方法もあれば、16分や32分を入れて速く聴かせる方法もある。シンプルにすれば速くするのは簡単にできるが、それだけでは緩急を付けた時に物足りない感じがしてしまうのだろう。


「あえて言うならコード感……って事かな?」

「どう言う事や?」

「つまり、ちゃんと展開していたりメロディがはっきりしている様な感じにしたいって事じゃないかな?」

「うん……」


 ひなちゃんは元々クラシックやエレクトーンといった楽器をしていた。それだけに音楽に対しての理論や解釈と言った意識があるのだろう。しかし、理論はともかく解釈と言った部分は、手癖でスケールを弾いて作る俺にはなかなか再現が難しい表現だ。


 イメージが元々あるものに合わせるなら手癖で何とでもなる。感覚としてはジャズの様な形での表現になるのだが、根本的なイメージを作るとなるとまた作り方は変わってくる。イメージを膨らませる為の核みたいなものを生み出さなくてはならないのだ。


「やっぱりテーマが必要になってくるね」

「速い! 凄い! 素晴らしい! やったらあかんのか?」

「カップラーメンのキャッチコピーみたいだね!」

「それも悪くは無いのだけど、それだけだと演奏のスタイルの事しかないんだよね」

「うちにはようわからんけど……」


 この部分での齟齬は後々に影響してしまう。加奈にうまく伝える為には……やっぱりこれしか無いか。


「加奈は野球見るよね?」

「見るけど、急に何の話や?」

「でもそれってニュースでよくない?」

「ええ訳あるかいな、一球一球の勝負に共感せなおもんないやろ!」

「それはどう言う所?」

「まひるも野球やってたならわかるやん。ニュースでサヨナラホームラン言われても凄いなぁだけで終わる。それまでのどうなるかわからん所でランナーがでて、調子悪かった四番が必死に一発だすから感動するんや!」


 それを聞いた俺はニヤリと笑みが溢れる。


「つまり加奈は凄いホームランじゃなくて、その感情の駆け引きを見ているんだよね?」

「当たり前やん……ってまさか」

「そう、多分ひなが言いたいのはそう言う事だと思うよ」

「音楽での感情の駆け引き……」


 先日のライブを体験した彼女には伝わった筈だ。投手と野手の駆け引きがある様に、音楽にもミュージシャンと観客との駆け引きがある。その中で、三振を取りたいやチームを勝たせたいと言った想いがある様に、アーティストにも観客の想いと駆け引きするだけの何かが必要だ。


「うちは一球入魂出来てへんかったんか……」

「いや、わたしたちはバンドだから三人で何かを入魂しなければならなかったんだよ」

「それでこんな話をはじめたんか……」


 今後このメンバーでバンドをしていく為には必要な事だ。だからこそ、音源や次のライブに繋げる為にも一度しっかりと話しておく必要があった。


「分かり合えている所悪いのだけど……どうしていつも例えが野球なの?」


「……」


 無心で俺たちを見つめているひなちゃんには、全く伝わってはいない様だった。


「ひなは野球みいひんのか?」

「見てると思う?」

「全く想像でけへんわ……」

「その想像どおりだよ」

「なんかごめんな……」


 加奈が悪い訳ではない。かと言って野球を見てないひなちゃんが悪い訳でも無い。試行錯誤しただけで、俺もきっと悪く無いと思う。


「伝えるのって難しいね」

「なんやまひる、青春しとんのか?」

「二十年ぶりかも知れない」

「それ、うちら生まれとらんがな!」


 冬の澄んだ空を眺めながら、二十年前と大して変わっていないものだとしみじみと感じていた。ただ、ひなちゃんに伝えなければいけない事はインパクトの大事さだったこともあり、コンビニスイーツを手に取るきっかけの話をすると、あっさりと共感してくれたのだった。

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