第59話 社会科見学
「私、パパ活します!」
「え……」
「まだした事無いですけど、声をかけられた事はあるので頑張って見ます!」
「なんでそうなるんだよ……またまあまあ出来そうな所がリアリティあって笑えねぇよ」
「せやで、パパ活舐めたらあかん!」
「加奈も向かう先はそっちじゃ無いからね?」
ひなのおかげで話が明後日の方向へと進む中、呆れた様にリクソンさんはパソコンの前に座るとおもむろに何かのデータを開き始めた。
「まぁ、今日は見学だ。俺はミックスをしているから適当にみるなり話し合うなりしてろ」
そう言って作業を始めると、ひなちゃんが思いの外その作業に釘付けになる。俺も本来なら緘口令が敷かれてもおかしく無い様なプロの音源を聴けるチャンスに心が躍らない訳はない。
「ベースを単体で聴いたらうちとそう変わらんやん」
「それは中々の自信だな。このベースを弾いている奴はインディーズでもかなり上手い方だぜ?」
「ほ、ほんまなん?」
「この曲はシンプルなベースラインで、安定感はお前もある方だから言いたい事は分からなくもねぇけどな」
グルーヴというのは分かりにくい。だが確実に音源のベースは単体でも独特なグルーヴが出ており、加奈をからかっているわけでは無いのだろう。
「せやんな? やっぱりうちは……」
「ただ、他のパートならともかくお前が実力を測れないというのは問題しかねぇけどな」
調子に乗りかけた加奈を一刀両断する。こればかりはリクソンさんくらいの人に言われた方が加奈の成長にも繋がると思いフォローはしない事にした。
ただプロだから当たり前なのかもしれないが、そうやって話しながらも驚く程の速さで雑音を探し音源として違和感が出ないように調整している。
「レコーディングを考えているなら、全部出来るわけじゃないだろうし、代表曲みたいなものを決めておかねぇとな」
「うちらの代表曲ってなんやろ?」
「普通は人気の曲なのだろうけど、そんなに差があるようには思えないよね」
「そこだよ。器用貧乏みたいな曲になっててグッサリと刺さる位に尖った曲がねぇんだ」
「まーちゃんのギターは尖ってないですか?」
「それはあるな。だが、そのおかげでギリギリ成り立っていると言った方がいいだろうな」
ギターが売りのバンドなんて腐るほどいる。俺がその要因になっているのだとしたら、精度と速さというあくまで技術的な面だろう。
「それやったらうちらにはまだ早いっちゅう事かいな?」
「ちょっと違うな」
「ならなんですの?」
「別にレコーディングを検討するのは早くはねぇ、逆に言えば代表曲を作るのが遅ぇ。だから録りたい曲が分からず候補もねぇから決断出来なくなってんだよ」
彼のいう通りだ。俺たちの曲は今までテーマが特に無く、その時々に必要な曲として作ってきた。そもそも結成した理由からしていきあたりばったりだった。本来なら結成する時点で何かしらのコンセプトはあるはずなのだ。
「せやな。うちらはまひるが作ってきた曲をやってただけやったんや……」
「でもまーちゃんは、必要だと思って作ってくれてたんだよ?」
「それはわかっとる。ただ、今後『ドリッパーズ』や『サカナ』みたいなバンドとやって行くにはうちららしさが必要になってきたっちゅう話やろ?」
「そうだね。西田さんが言っていた何を売るか? にも繋がってくると思う」
今話しておかないといけないのはそう言う事だ。彼らとの一番の違いは『らしさ』なのかも知れない。
「先が見えたなら良かったじゃねぇか?」
「もしかしてリクソンさんはそれで……?」
「いや? ただの営業だ」
「はい?」
「音源作りたかったんだろ?」
「まぁ、そうですけど」
「結果的に音源を作る気になって、具体的にする事がみえたなら俺に頼むだろ?」
「……むむぅ」
「お嬢様は納得行ってない様子だな?」
確かに彼の言動は辻褄が合っている。俺たちの為にと言う訳では無かったとしても結果的にそうなった事には違いない。
「まぁ、録る曲が決まったなら協力はしてやる」
「ほんまに? もしかして値引き……」
「ツケ払いでレコーディングしてやるよ」
「なんやそのゾ◯タウンみたいなシステムは!」
「当たり前だろ? 俺は仕事として値段は一律でやってんだ。それに音源を売れば払えない額じゃねぇ」
「まぁ……一曲百円で売ったとして……千人にうらなあかんのかいな!」
「俺が録るんだ。それ位は売れるだろ?」
確かにドリッパーズも数千ダウンロードくらいされていたりするし、他にも動画なんかでもマネタイズしている。プロと並べる音源なら10万位はペイ出来るはずではある。
「『売れたら』じゃなくて『売れば』って言っているところがポイントだね」
「そう言う事! 分かったらさっさと曲作ってレコーディングしに来い」
こうして俺たちは汚い大人のやり口に……いや、音楽での食べていける方法を教わりながら方向性を決める事となった。確かに音源が出来て、イメージをタキオさんに作ってもらえたならある意味活動資金の調達も出来るようになるかも知れない。
マイナススタートになる事は確定してしまう訳だけど、経費を払い終えればそれはもうバンドとしての利益だ。
「なんかプロのアーティストみたいやな!」
「見ぐるみを剥がされない様に頑張らないとね!」
「流石にそこまでは無いと思うけど……」
そう呟くと、リクソンさんは作業の手を止めこちらを向いた。
「いや、払えなかったら普通に剥ぐけど?」
「そ、その時はバイトとかして払いますから!」
「お前らまだバイト出来ないよな? まぁ、せいぜい頑張って売れる曲作れよ?」
怖い話で脅されはしたものの、売れる曲を作って売ればいいいと言う話だ。だが、ひなちゃんにはその脅しは非常に効果的に働いていた。
「見られてもいい様に、ちゃんとムダ毛の処理しておかないと……」
「いやいや、まず売る事を考えようよ!」
こうして俺たちは新曲を作る為、それぞれコンセプトを考えて来るという事で話がついた。その後、意外にもその為のアドバイスはリクソンが色々と教えてくれたのだった。
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