第58話 洗礼
ライブは成功した……と言ってもいい。
とはいえ『ドリッパーズ』や『サカナ』の様な、実力のあるバンドとの差は大きい。演奏力はともかくとして、バンドとしての完成度や、目的への明確な違いは明らかだった。
「うちら、成功したんやんな?」
「ライブはすっごく盛り上がってたね」
「せやけど、なんも変わってへん気がするのはなんでや」
「やっぱりパンチラとかが必要……」
「んなわけあるかい!」
そう。加奈の言う通り!
誰が好き好んでおっさんのパンチラを見たいと言うんだ?いや、外から見ればそうは見えないのか……。
「とはいえ、成果も沢山あったと思う」
「タキオさんの事かいな?」
「それもあるけど、昨日の帰り際にリクソンさんからスタジオに遊びに来いと誘われたんだよ」
「リクソンさんって、あの強面の兄ちゃんか?」
「私はちょっと……」
確かにリハーサルの時を考えると、警戒したい気持ちは分からなくはない。けれども、『ドリッパーズ』や西田さんのやりとりを見ていた限りでは実力者なのは間違いないだろう。
「まぁ、見学に行くだけだし行って見ようと思うのだけど、ひなは嫌?」
「うちはかまへんけど、ひな次第やなぁ」
「まーちゃんがそう言うなら……パンツは白かな?」
「いや別にパンチラを見せに行く訳じゃないからね?」
そもそもあの人に色仕掛けが通じるとも思えないし、する意味も無いだろう。
「折角の話で場所も近いし、楽器も持っているから行ってみようか!」
生憎今日は日曜日。
余裕を持って見るとなれば次は週末まで待たなくてはならない。我ながら素早い行動力だとは思うが、彼にはそれくらいの方がいいと思った。
「地下鉄で行けるってまあまあ近いんやな」
「一応『ソドム』でもよくPAしているみたいだから、通える範囲なんじゃない?」
「それもそうやな。にしてもレコーディングっていくらくらいかかるんや?」
「様々だけど、曲毎と言うよりはスタジオを何時間使ったかで値段は変わるとおもうよ?」
「一発で録れたらそれだけ安くすむんか?」
「いや、演奏もそうだけど音を綺麗にするミックスとかもあるから一概には言えないかな?」
ましてやリクソンさん。あの人がすんなりOKテイクを出すとは思えない。ミックスはもしかしたら早いのかも知れないがクオリティにこだわる部分を考慮したらそれも明確では無いだろう。
「住所はこのビルの二階なのだけど……」
「まぁ、普通のビルやな」
「本当にスタジオがあるの? 水着とか持って来てないよ」
「いや、スタジオって言ってもグラビアを撮るわけじゃないからね?」
中に入りエレベーターがある。名刺に書いてある通り二階のところに『FR STUDIO』の記載があるから間違いでは無い様だ。そのまま二階まで上がるとステッカーの貼られた鉄の扉があるのがみえた。
「ここやな……それにしても厳重すぎへんか?」
「きっと逃げられ無い様にしているのかも?」
「普通の防音の扉だよ!」
もしかしたら元々何かのスタジオだったのかも知れない。インターホンがあり、押してみる。すると扉のレバーがゆっくりと開くのが分かった。
「こんな朝から誰だよ?」
「お、おはようございます!」
「……おう、お前らか。何しに来たんだ?」
すかさず加奈が耳元で囁く。
「まひる、誘われたんちゃうんか?」
「そのはずだけど……」
「どう見ても二日酔いの作業中やんけ?」
「そうだけど……」
するとひなが持っていた鞄から何かを取り出した。
「さ、差し入れです!」
「おう、悪いな……ってなんだこれ?」
「高級ティッシュです!」
「なんでティッシュ……まぁ、実用的だしスタジオにも置いておけるからいいけどさ」
いつ買ったのかは不明だったが、社会的に良さそうな対応だ。だが、本当に昨日の話を忘れているのだろうか?
「まぁ、ミックス中だけど入れよ」
そう言われ、中に入ると思っていた以上に広く手前には待合の様な机と大きな卓とディスプレイがあった。
「ガラスの向こう側が防音室で、一応楽器とボーカルを録るところが分かれている」
「プロのスタジオみたいや……」
「みたいじゃ無くて、うちで録るのはほとんどがインディーズかメジャーのバンドだからプロが使ってんだよ」
練習スタジオでもレコーディングが出来る所はあるが、そこよりワンランク上と言った機材。これを個人(法人にしているかもしれない)で持っていると言うのは凄い。
「それで、誘って直ぐに来たって事は音源を作ろうと考えていたんだろ?」
「そうなんですけど……」
「まぁ、中学生には金銭的に厳しいわな」
「そこなんですよね」
「俺の所だと一曲あたり大体10万くらいだ」
「マジですか……」
「これでもクオリティからしたら安い方だ。俺がミックスまでするからな?」
安い所なら3.4万で録れる所もあるだろう。だが、有名なエンジニアにプロのスタジオと考えればその10倍、いや天井はどこまででもあるレベルだ。
「うちらにはまだ早かったかも知れへんな……」
「流石に10万はパパ活でもしないと用意できないよね」
「いやいやさせないよ?」
するとリクソンさんはツボにハマったのか爆笑している。見学とは言っていたが、こうなる事を見越して揶揄う為に呼んだだけだとしたら性格が悪すぎる。
「パパ活かぁ、そう言う意識の奴もいるだろうな」
「どう言う意味ですか?」
「世の中には売れる為に手段を選ばない奴は沢山いる」
「うちらにもそれをしろていいはるんですか?」
「そうは言ってない。そう言う奴等を相手にお前らはどうやって戦って行くつもりだ? って話だ」
「……」
なるほど……確かに10万くらいなら親の力やパパ活みたいな違法を犯して用意して来る奴もいる。それをしないという選択をするのであればどう乗り越えるのか?
リクソンさんはそれを問うているのだろう。
「勘違いするなよ、別に虐めたい訳じゃ無い。だが、現に今ぶち当たっているのはそう言う事だろ?」
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