第57話 タイミング
入りは順調、練習の時は戸惑ってしまったが一度合わせていた事もありズレる事なく始められた。自分のセッティングとは違ったものの、意図が明確な歪みのセッティングは三人に上手く溶け込んでいる。
ふと落ち着きを取り戻した俺がホールに目を向けるとほんの一、二時間前に同じステージに出ていたとは思えない程に熱気が渦巻いていた。
滴る汗、冬はもう始まっているのに紅潮した顔。本当なら気持ち悪いはずの環境なのだけど、それをどう感じているのかを俺は知っている。この瞬間だけがミュージシャンが全ての感覚を捕まえて最強になれる。
人は皆、多かれ少なかれ悩みを抱えている。もしかしたら俺みたいに転生や転移してきた奴だっているかも知れないし、そんな事がどうでも良くなる位に理不尽な目に遭っている奴もいるだろう。
だが、この瞬間だけはそれら全てを忘れる事ができるのだと俺は思っている。
ギターソロに差し掛かるとジュンさんは視線を向ける。ふとステージの空間を開ける為にさがるとナカノさんとタカさんの視線を感じた。
「次……行ってこい」
タカさんはきっと「うす」としか言ってないのだろうけど、そう言っている様に感じた。ジュンさんがソロを弾き終わる瞬間、俺は弦をこれでもかと引っ張り上げ振るわせた。
『ここからは俺がギターヒーローだ!』
モニターに足をかけると、勢いは止まらない。ジュンさんが弾いていたソロをさらに展開させ細かく刻む。艶のあるメタリックな音がホールを突き抜けて行く様な気がした。
狐に摘まれたような観客の表情に心なしか笑みが溢れてくる。最後のフレーズを弾き切るとドリッパーズはまるで待っていたかの様に音を変えた。
伸びるサスティーンがフェードアウトして行く中、ナカノさんが優しく歌う。ジュンさんもクリーンの音に変えアルペジオで空気感を演出し、タカさんはリムを主体にコツコツと刻んだ。
まるで最初からそうなる事が決められていた様な演出。俺は音を抑え再びサビで盛り上がるのを待った。
多分、今の俺たちに勝てるバンドはこの世界には居ないだろう。心からそう言い切れる程に、ホールの五感をジャックしているという手ごたえがある。
最後の一音までその感覚は残り、声援の中俺たちは名残惜しいステージをゆっくりと後にした。
★★★
ライブが終わり観客が捌けるとさっきまでの熱気はどこへ行ったのかという程に広く感じる。けれども頭の中に焼き付いた光景は残ったままだ。
「それにしても、結果的にはまひるがええとこ持って行ったなぁ!」
「そんな事ないよ……」
「そんなんいうても、ライブの後めっちゃ声かけられてたやん」
「あれは、ドリッパーズが凄かったからで……」
そこまで言いかけて俺はやめた。なんとなくドリッパーズとならあの位は出来るみたいに聞こえてしまわないかと思ったからだ。
「あ、いや。タイミング的なものがね?」
「いや、確かにタイミングもあるかも知れへんけど、まひるが感じた事が全てやと思う」
「私もそう思うよ。わたしがちゃんと出来ていればあそこまで引き出せたわけだから」
俺は二人にそんな事を言わせる為にステージに立ったわけ
じゃない。そもそも引っ張られるのでは無く引っ張っていかなくてはいけないはずなんだ。
すると荷物をまとめた『サカナ』のメンバーが楽屋から出て来ると時子さんは俺の方に向かって来る。
「打ち上げは……行けないんだね」
「すみません、行きたいのは山々なんですけど流石に中学生はマズイみたいで」
「そう……スターラインの雅人君は行くみたいだけど?」
「多分ヒロタカさん達と居る事もあってか、中学生って気づかれてないです」
普通に中学生には見えないだけだとも思う。
「残念。またライブしましょうね?」
「はい、是非」
「うちの社長も気に入っているみたいだから案外直ぐに会う事になるかも知れないわね」
「そうなんですか?」
「ふふふ」
相変わらず変わった人だと思う。けれども西田さんが気に入っているというのは意外だった。アドバイスをもらったりしていたのが良かったのだろうか?
「おい、お前ら。荷物が纏まったなら早く出てくれ」
「すみません!」
「俺も早く打ち上げいきてぇんだよっ」
そう言ってステージとホールの片付けを素早くこなすリクソンさんは、テキパキと動いていた。
俺がギターを背負い出ようとすると、彼はモップを持ったまま話しかけて来た。
「そういえば、お前ら打ち上げ行けねぇんだったな」
「まぁ、見た目も若いですし」
「自分で言うのかよ……まぁ、それはいいや。それでお前らはこれからどうする気なんだ?」
「ライブをどんどんやって行ければと思ってますけど……」
「イメージはあるのか?」
「……で、デザイナーは見つけました」
まるで詰められている様な口調。いつも通りなのだが、加奈がタキオさんを見つけてくれていて良かったと思った。
「デザインねぇ……」
「何かダメですか?」
「いや、必要な事だと思うぜ? ちゃんとバンドのカラーを理解している必要はあるけどな」
「そのあたりは大丈夫そうです。出来高報酬で対応してくれるって話なので」
もしかして、気にしてくれているのだろうか?
「なるほどな。音源は作らねぇのか?」
「作りたいとは思ってますけど……」
「なら、一度ここに来い」
そう言ってリクソンさんは名刺を差し出す。名刺にはリクソンさんのスタジオ名が書かれている。もしかしてレコーディングしてくれるつもりなのだろうか? しかし、この人のレコーディングでひなが持つかが心配だ。
「とりあえずだ。イメージだけでもつきやすいだろう?」
なるほど。レコーディングではなく、俺たちがイメージしやすい様にどんなものか見せてくれる形で社会科見学みたいなものをしてくれるつもりなのだろう。
「あ、ありがとうございます」
そう言ってから、俺たちは入り口に居たドリッパーズやスターライン、それにソドムの人達に挨拶してから外に出た。
音源……か。まだ早いとは思うが、機会があるなら作っておきたいとも思う。
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