第55話 変化

 まるで普通の大学生の日常の1ページのような立ち振る舞い。特に目立つわけでもなければ揃ってもなく、目を引く様な色でも無い普段着の様な服。


 雅人の後というのもあるが、同じドラムセットを使っているのかと感じるほどに軽く緩いドラム。生々しいベースの音にオーバードライブを軽くかましただけの様なギター。


 誰でも弾けそうな、だけどその全てが偶然重なっている様なバランス。スローペースのリズムにあっけにとられて居るのはきっと俺だけじゃない。


 正直言って異質だ。


 そして、歌が始まるとその全てがその声を生かすためにあったのだと気づく。本来ならかき消えてしまいそうなウィスパーボイスがあり得ない位に存在感を出し日本語を伝えている。


 音楽、思想、世界観? そのなんとも言えないステージは西田さんが言っていた「君達は何屋だろう」という言葉を少しだけ理解させる様な気がした。


 世界観に引き込まれて行く中、曲は次々と進んでいく。気がつくと聞き入ってしまっている自分が居た。


「あー、まひまひ居た!」


 普段とは違うテンションの上がりきらないジュンさんの声がする。彼はそのまま顔を近づけると俺に耳打ちをした。


「ちょっと力を貸してよ」

「何か手伝えばいいんですか?」

「うーん、流石にちょっとタヌキを懲らしめようかと思ってね」


 言って居る意味がよくわからない。だが、タヌキというのが西田さんの事を言って居るというのはなんとなく察した。


「まあ、いいですけど……」

「ならちょっと行ってくるわ」


 そう言って、ジュンさんは事務所の方へ消えていった。彼が『サカナ』のライブに危機感を感じて居る事は間違いないだろう。だが、俺に協力して欲しいというのは一体どういう事だ?


 ドリッパーズが慌ただしくして居る中、ホールの雰囲気は一変していた。それまで熱気に溢れていたはずが緩やかに彼女達の曲を聴く様に変わっている。


「まーちゃん、ジュンさんと何話してたの?」

「なんていうか、協力して欲しいって言われてて」

「この空気じゃ最後に出づらいもんね。まぁ、ジュンさんは私達のライブが盛り上がるきっかけを作ってくれた訳だし盛り上げて欲しいって事なのかな」

「それなら加奈とかスターラインに頼んだ方が良さそうだけど」

「もしかしたら声かけているかも知れないよ」

「それもそうだね」


 少なくともドリッパーズは経験値の高いバンドだ。今までにも不利なライブは何度も経験して来て居るだろう。そう言った場面での対処方法として今後の参考に出来ればいいと考えていた。


 そんな中、危機感が全く無い様子の加奈が俺の方に歩いて来るのが見える。彼女には『サカナ』の演奏が刺さらなかったのかバーカウンターの近くで来て居る人と交流を深めていた様子だった。


「やっと見つけたわ」

「私はずっとここに居たけど?」

「なんや『サカナ』のライブ見とったんか?」

「加奈はあんまり興味無さそうだね」

「暗かったり分かりにくい音楽はうちはあんまり好きちゃうねん」


 確かに性格的にも合わないだろうと俺も思う。その辺り好き嫌いがハッキリ分かれてしまうのは特性上仕方がない事だと思う。だが、加奈の後ろに清潔感の漂う優男が付いてきているのが分かり気になっている。


「あかん。『サカナ』の話しとる場合やないねん。紹介したい人見つけたんや」

「紹介したい人? 加奈の彼氏とか?」

「そうそう……ってちゃうわ! うちらの強い味方になってくれるかも知れへんで?」

「味方……?」


 そういうと後ろに居た男が前に出る。年は高校生位だろうか? モノトーンのゆったりとした服装はまるで芸大生の様にも見える。だが、雅人より少し低いくらいの身長に髪がやたらとサラサラでツヤツヤで肌も白く透明感がある。


「申し遅れました、私はフリーランスでデザイナーをしている【タキオ】と申します」

「あ、はい……」


 で、デザイナー?

 それにしても若そうな見た目とは違いまるでやり手の会社員の様な振る舞い。だが、その物腰の柔らかさから中性的な雰囲気がある。


「なんかうちらのデザインをしてくれるつもりなんや。めっちゃええやろ?」

「いやいや。そりゃフリーランスなんだから仕事は受けてくれるかも知れないけど、加奈のバイト代くらいじゃ無理だよ。わたし達にそんなお金ある訳ないでしょ?」


 別にデザインを軽視している訳じゃない。だけど、そのデザインを使い音楽をマネタイズ出来る土台がない事にはいくら凄いデザインをしてもらえても無駄になってしまうのだ。


「だからちゃうねん。成果報酬でええらしいんやんか!」

「成果報酬?」


 なるほど、加奈はそれで連れてきたという訳か。確かに成果報酬なら俺たちでも依頼する事は出来るかも知れない。ライブを見て成果を出せると判断してくれたのかも知れない。


「えっとタキオさんでしたっけ?」

「はい」

「気持ちはありがたいのですけど、まだ自分たち音源もないのでライブ位しか収入源ないですけどいいんですか?」

「問題ありませんよ。強いて言うならだ・か・らお声かけさせて頂いたんです」


 ふむ……。

 俺が首を傾げていると、彼は大きなトートバッグからファイルを取り出し開く。中にはレベルの高いデザインで作られた物の写真やサイト、ロゴなどのイメージが印刷された物が溢れていた。


「こちら私のポートフォリオです。この様にサイトやグッズなどを制作させて頂いてまして……」

「売れた分のバックを成果報酬で、という話でいいんですか?」

「はい。ただ、材料費分は最初に売り上げからいただきます。それ以降は50%のバックで如何でしょうか?」


 かなり好条件な設定だ。もしかしたらそれだけ俺たちに価値を感じてくれたのかも知れない。


「そんなんで良ければ是非……でも何で?」

「貴方に興味が沸いたんです」

「わたしに?」


 そう言うとスマートフォンを出され、連絡先を交換する。加奈とやり取りしない事が少し不気味に思えたのだが、リーダー的な立ち位置になっている事と自分に興味があると言う理由で俺が交換する事になるのは妥当なのだと思った。


「ではまた、連絡しますね?」

「よろしくお願いします……」


 期待と嫌な予感が入り混じった感じがなんとも引っかかっている。だが、その嫌な予感というものはもしかしたらタキオから来ていたものでは無いのかも知れないと思った。

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