第54話 モヤモヤ

 SEが流れる暗闇の中、気持ちばかりのスモークが焚かれているのが分かる。それ以上に、満員に埋まったホールの中は知らないバンドへの期待と、どの程度なのか見てやろうという雰囲気に溢れている。


 物販の所には、スターラインの三人が立ってみている。そのすぐ近くには……ああ、菅野は元々ヒロタカさんが目当てだから仕方ない。だが、テーブルを挟んでいる距離がどこか微笑ましく思える。


 SEの音がフェードアウトしていくのに合わせ、俺は息を飲む。一曲目はこのライブに合わせて作った曲、ニューファウンドグローリー風のイントロでゆっくりと熱量を上げていく算段だ。


 音が止まるのに合わせ、ひなちゃんの小さなカウントを聞く。音が鳴るのに合わせて照明が一気に光出した。


 ゆっくりとその重い頭を揺らしていくがいい……あれ? 棒立ち?


 まさか、そんなはずは。

 ひなちゃんの音圧も加奈のベースもしっかりと鳴っている。だが、加奈が歌い出しても客席はこっちを見たまま棒立ちのままだ。


 何を間違えた?

 最初からアップテンポで行くべきだったか?

 耳の肥えたドリッパーズのファンにはありきたりすぎたのか?


 今更そんな事を言っても仕方がない。後戻りが出来ない俺たちは練習して来た事をやるだけだ。


 サビに入る瞬間、客席が後ろから押される様に前に詰め始めた。目に飛び込んできたのは掻き分けるように腕を振り前に出てくるジュンさんの姿だった。


 サビが終わるのに合わせ、叫び声が響く。


「盛り上がっていこうぜー!」

「オー!」

「やべぇー」


 その言葉を起点に一気にホールに熱気が帯びた。別に冷めていた訳じゃない、スタートの雰囲気にのまれどのタイミングで盛り上がればいいか分からなかっただけなのを、ジュンさんが引火してくれたのだ。


「どうもー『hung out paty』でっす!」


 加奈の声に歓声が上がり、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「最初全然反応ないから滑ったかと思ったわー」

「加奈ー可愛いぞー」

「ありがとうーってナカノさんやん! まぁ、それはさておき、次もまだまだあるからどんどんいくでー!」


 俺たちは続けて二曲を弾く。ひなちゃんのドラムの進化や加奈のスラップを出した所で、俺の本領を発揮のギターソロを奏で曲を終え静かになった所で、観客の声が聞こえた。


「今のギターってマジで弾いてんのかな?」

「流石に当て振りの方が難しいでしょ」


「おっ? なんや、まひる疑われとんで?」

「えっ、そうなの?」

「なんか適当に凄いの弾いたりや?」


 マジかよ。こんな流れは予定してなかったぞ。だが、だいぶ昔に経験済みだ。


「無茶振りだなぁ、そういうなら……」


 俺は弾き慣れたジョンペトルーシのcloud tenの始まりを弾く。インパクトをだすにはこれ以上はないだろうと思った。


 もちろん歓声が上がる。

 俺の得意な曲の中でもウォーミングアップで弾いているフレーズという事もあり、完コピ以上にペトルーシしているフレーズだ。


「やっぱり弾いてるじゃん」

「凄いけど……happysongって渋いな……」


 あ、そうなるか。

 確かに中学生の女の子が好んで弾く様な曲では無い。俺は加奈に視線を送り早く次の曲へと進める様に促した。


「疑いが晴れたところで、じゃんじゃん次の曲いくでー!」


 勢いに乗った俺たちは、そのまま駆け抜けていく様に演奏を繰り返し、熱気を保ったままライブを終えることができた。


 正直、予想以上だ。

 充分な成果を出せたと言っていい。

 スターラインに繋げるべく、繋ぎのMCを入れると速やかに機材を片付ける。


「いやー、さっきのバンド凄かったな」

「今日のイベント、レベルたかいよね!」


 客席の声が聞こえて来ると、どうしても意識してしまう。反応もいい、これなら次に繋げる事もできるだろうと考えていた。


 しかし……。


「まぁ、でも本番はここからっしょ!」

「それな! 最初でこれだけあったまってんだからドリッパーズの時にはめちゃくちゃじゃね?」

「ヤバそうだよなぁ、それがいいんだけど」


 別に批判されているわけじゃない。出始めのバンド、それもライブハウスでは初めてのライブで前座を勤め上げたなら充分だ。そもそも前座なんてものは真打を盛り上げる為にある。


 だけど俺はどこかモヤっとしたものが頭の中に引っかかってしまっていた。


「なぁ、まひるも雅人のライブみようや」

「あ、うん」


 加奈は顔を紅潮させたまま、ひなちゃんを連れて俺を呼んだ。彼女達は満足したのだろうか?


 考えすぎなのだろうか。

 何に引っかかっているのかがわからないまま、俺がホールに向かうと丁度スターラインのライブが始まる所だった。


 ステージに近づいて行く加奈達を横目に、俺はす少し離れた壁際で足を止めた。


 スターラインは以前見た時の様に、SEが流れている中切り替わる様に曲を始めスタートした。


 リハーサル以上に、ヒロタカさんが上手い。曲が知られている強みだろうか、ホールも始まりから異常な位に盛り上がっている。


 雅人はやっぱり上手いな……。

 いや、問題はそこじゃない。なんなら、ひなちゃんも充分上手く叩いてくれている。たとえタカさんがドラムで居たとしても今日の結果は変わってはいないだろう。


「お疲れ様」

「西田さん?」

「君はホールに入らないのかい?」

「まぁ、ちょっと……」


 今は正直誰とも話したくは無かった。話した所で答えは決まっている。


「いいライブだったね、今日のトップバッターとしては充分過ぎるほど働いているんじゃないかい?」

「そうですかね?」

「もしかして満足していないのかい?」

「いや、出番としても役割としても結果的に正解だったと思います」

「なるほど。君達もスターラインも凄くレベルが高い、だからこそこれだけ盛り上がっているライブになっているのだろうね」


 西田さんはそこまで言うと、じっくりとステージを見つめていた。


 完成し始めたスターラインの音は、手探りの様だが確実に未来の曲に近づいている。着実に成長している演奏やパフォーマンスは夢中にさせて行くのだろう。


 ライブが終わりホールが明るくなると西田さんは唐突に口を開いた。


「一つまひるちゃんに聞いてみようかな?」

「また、課題ですか?」

「課題と言えばそうかも知れないね。君達やスターラインねライブが終わった後の観客はどう感じているだろうか?」

「楽しかったとか、また見たいとかですかね?」

「ふむ……」

「えっ、違うんですか?」


 そういうと、明かりが消えゆったりとしたSEが流れ始めた。


「いやいや、間違いは無いよ。それぞれが考えた事が一つの答えだと思う」

「それならなんで?」

「僕はね、違った雰囲気の曲が聞きたいんじゃ無いかなって考えたんだよ」


 西田さんがそういうと、『サカナ』の唯一無二の世界観が広がっていくのが分かった。

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