第53話 音楽屋さん
「まぁ、変な意味じゃ無くて動きを見せられる方がステージには映えると思ってね」
「なんや、そういう事かいな。それならそう……というか今まひるが社長って言わんかったか?」
「加奈はなんで覚えてないのよ。『サカナ』のレーベルの社長だよ」
加奈は驚いた顔をすると、少し恥ずかしそうに照れた。
「どうも、西田です。僕はたぬき親父かもしれないけど、不審者ではないからその辺りは安心してくれて構わないよ」
「いやいや、たぬき親父の時点で安心はでけへんやろ!」
「うんうん。きっと悪い事いっぱいやってるね!」
「だからぁ……」
だが、西田さんも面白がっているのかノリノリな事で話しやすい雰囲気になっていた。
「実力もあるし、気さくな子たちでこれからが楽しみだよ」
ニコニコと笑う彼だが、『サカナ』をあの地位まで持って行った事には違いない。時子さん達の実力があるのはもちろんだが、相当なやり手なのだろう。
「あの……一ついいですか?」
「もちろん、どうしたんだい?」
「他に何かアドバイスとかあれば聞きたいのですが……」
「ふむ。君が一番変わった子だと予想していたのだけど、まとめ役と言うのは意外だね」
「そうなんですか?」
「大体の天才ギタリストは変わった子が多いからね。以前みた子も癖が強かったから」
知らない所で天才が居ると言うのは気になったものの、彼が俺たちをどうみているのかを聞いてみたかった。
「うーん、まだあんまり君達を知らないから思いつきだけど君達自身をわかりやすく伝えて行くのが大事なんじゃないかな?」
「私達を?」
「そう、例えばベースの子は物怖じしないし、ドラムの子はひょうひょうとしている、それに君は意外にも堅実なタイプだ。だけどそれを知って貰えないと魅力に気づく前に去られてしまう」
確かに加奈の見た目からはこんなに下町娘みたいなキャラというのは想像は出来ないだろう。ひなちゃんも見た目とはギャップがあるタイプだ。
「だから一つ一つのステージで、出来るだけそれを知ってもらえる様に脚色できるといいかな?」
「演技しろっちゅう事ですか?」
「君達はどちらかと言えば誇張かな。キャラを作のではなくキャラを認識しやすくする。その為には自分の見られ方をもっと知る必要はあるけどね」
彼のいう様に、『サカナ』はわかりやすくなっている様に思う。本来はどうかはわからないが、ステージを見ただけでチェックシャツの服装や音から『ニルヴァーナに影響を受けた女の子』というのは明らかだ。
だが、かと言ってギターで言えばカードコバーンのカラーを使っているのは俺だし、特徴的なメガネをしている訳では無い。あくまで彼女達のスタイルにニルヴァーナのエッセンスを落とし込んでいるから、誰もパクリとして叩く事はないだろう。
「キャラですか……」
「まぁ、その辺りは僕のプロデュース的な考えとして君達は先にやらなくてはいけない事がある」
「やらなくてはいけない事?」
「そう、簡単に言えば君達を応援しやすい環境を作る事かな?」
「応援って、そんなんライブに来てくれたらええやん?」
「君が思っている以上にライブに来る為のハードルは高い。それに気づいたからSNSをやっているんじゃないかい?」
確かに学校という明らかに呼びやすい環境だからこそ、今回は人を呼べている。今後同じ様に行くかと言われたら楽観的に考えても難しいだろう。
「だったら何をすればええんや……」
「ふむ、なら僕から一つ課題をだそう」
「課題?」
「答えは一つじゃない、だからこそ考える部分は自分で見つけないといけない。僕が出来るのは課題を見つけてあげる事だけだからね」
そうか……。
こうすればいいというのは、枠に当てはめてしまう事になる。そうなると楽器が上手い可愛い子を集めて作ればいいだけで、別に俺たちである必要性は限りなく薄くなってしまうという訳だ。
「『君達は何屋だろうか?』一度これを考えてみて欲しい」
「何屋ってバンドマンやろ?」
「難しかったかな? では何を売っているのかと言えばどうかな?」
「何をって……音楽?」
「加奈、私達は別に音源出してないよ?」
「せやなぁ……ライブでチケットは売っているけど別に紙売ってる訳やないしなぁ……」
「うーん、中学生?」
「ひな、それは何か如何わしい!」
確かに考えて見た事は無かった。パフォーマンスでは無いし、感動というのも人によって変わってくるだろう。西田さんが言った答えは一つじゃないというのはこういう事なのだろう。
「いい感じの雰囲気になってきたね。君達の中である程度答えが見えたらきっと今よりいいバンドになっていると思うよ」
「ありがとうございます」
「あーなんかモヤモヤするんやけど、わかる気もするするぅ」
「もっとフェロモンを出せる様になります!」
「ひなのは絶対ちがうと思う……」
西田さんがなぜここまで相手をしてくれたのかはわからない。もしかしたら本当に変態で女子中学生と話したかっただけなのかも知れないというのは置いておくとして、これからの方向性に影響を与えて行った事には間違いない。
オープン時間になり、来てくれた人たちと話すと俺たちは準備の為に楽屋に向かう事となった。
「それでまひるはスカートにするんか?」
「いや、そもそも持って来てないし」
「パンツで出るという手もあるよ?」
「無いよ!? それもうステージ映え関係無くなっているからね?」
変な話になったものの、緊張感はほぐれている。
「せや、折角やから円陣組まへんか?」
「部活みたいでいいかも?」
「バンドでもあるからいいと思う」
「文化祭の時は色々あって出来へんかったからなぁ、その方が気合い入るやん?」
一体感を作る為にもいいと思うし、何より俺は切り替えられるルーティンみたいな物はあった方がいいと思っていた。
「ほな肩組むで!」
「えっ手を出す感じじゃ無いの?」
「円陣ゆうたらこれやろ。野球の時はいつもそうやってたで?」
「三人だと組めなくない?」
「頭はぶつかるけど手ぇ伸ばせばほら?」
一瞬、彼女たちとの距離の近さを意識してしまったものの加奈の掛け声で一気に切り替える事ができた!
「ファイトー!」
「「オー!」」
「よっしゃ、ほな行くで!」
俺たちはそれぞれに楽器を持ち、ステージに向かい歩き出した。
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