第52話 たぬき

 リハーサルは文化祭の時にもしていた事もあり、二人とも勝手は分かっている様だった。とはいえ経験はまだまだ浅い。


「加奈、もう少しミッドを上げてみて?」

「これでええか?」

「うんそれくらいでいいと思う」


 経験を補う様に、俺が音のバランスを取る。ライブハウスのスタッフの頃に何度もやっていた事でもあり音作りには自信があった。


「そういえはひなってスネアとペダルなんて持っていたの?」

「これは、練習で使っていたのを雅人くんに借りたんだよ」

「なるほど……」


 確かに使い慣れた物の方がいい。雅人のお古という話だが、TAMAで揃えられたそれは、雅人が買う時に色々考えたのだろう。高い物ではないものの初めて持つにはいい機材だ。


「ちょっと待て、スネアのチューニングはそれでいいのか?」

「えっ……あっ……」


 ひながスネアを叩いてすぐに、リクソンさんがそう言った。言われてみれば確かにタムとのバランスが少し悪い気がする。


「す、すみません……」

「まあいい、これはリハーサルだ。本番前に気づけてよかったな」


 彼のいう様にこういう時の為のリハーサルだ。だが、ひなちゃんはリクソンさんの口調に動揺したのかスネアの調整がうまく出来ずにいる。


 額からは汗が落ちるのが見える。変わってやりたい所だが、俺自身スネアの調整なんて何年もしていない……。それでも変わった方がいいのか?


「小山、動揺するな。いつも通りすれば良い」


 そう言って雅人はステージに上がり、ひなちゃんの元に向かう。


「悪いな。結構古かったから昨日張り替えたんだ」

「だ、大丈夫……」

「落ち着いてタムを聴きながら対角線上で張っていけばいつも通りできる」

「スネアのチューニングくらいは一人で出来る様にしておけ。毎回スターラインと対バンする訳じゃねぇからな」


 そこまでいう必要ないだろ……いや、彼の言う通りだ。別に悪意がある訳じゃない、口は悪いがアドバイスをしているだけとも取れる。


 彼は俺たちを特別視していないだけだ。


「ギター、音はあるか?」

「四種類あります」

「なら順番に鳴らしてくれ」


 俺はジュンさんに貰ったエフェクターと合わせて順番に鳴らして行く。音量は一通り合わせてあるしフットスイッチで切り替えてブーストも出来る様に調整している。


「……なるほどなぁ」

「何か問題でもありましたか?」

「いや、意図が分かりやすいセッティングだ」


 それぞれの音出しが終わり、曲でのリハーサルに入る。順調に行っていると思っていた矢先にリクソンさんが口を開いた。


「まひる。少し外にでてみろ」

「外ですか?」

「ああ、歪みの確認だ」


 彼に名前で呼ばれたのも少し驚いたのだが、実力があると知っていた事もあり外音は任せるつもりだった事から指示の理由が分からなかった。


 外に出てみると俺がイメージしていたよりギターの音が大きく聞こえる。少しハウっているのが気になるが、人が入る事を想定してのバランスだろう。


「ハウりは今日位人が入れば問題ない。少しギターのバランスを上げたのだが、この方がお前等のバンドは纏まるんじゃないか?」


 まるで心を読んだ様なセリフ。だが確かにギターのロウが被さる事で加奈の荒削りな部分が緩和されている様に思える。


「問題ないか?」

「は、はい」

「気になる事があれば言っていいんだぞ?」

「私もこれでいいと思います」

「ボーカルが入ったあとはまぁ、任せてくれ」


 俺が戻り歌を合わせると、俺たちのリハーサルが終わった。事前に考えていた合わせる部分は一通り出来たつもりだ。後は今回のライブでそれがどれだけ通じる事になるのか……。


 ステージを降りると少し早く終わったのか、オープンまで時間がある。とりあえずSNSのQRだけ載せたポップを用意し待つ事にした。


「いやぁ、ハンパテ完成させて来たっすね!」


 そう言って声をかけて来たのはヒロタカさんだ。いつも通りのメガネだが、今日は普段より自信に溢れている様にみえる。


「スターラインもええ感じやん? ヒロタカさんのギターも雰囲気変わってたしなぁ」

「あれから作り直したんすよ。雅人もガンガン口出ししてくれるから結構大変だったんす」


 雅人はうちに居た時もハッキリと言うタイプだった。スターラインでもそれが上手く作用しているのだとわかりホッとする。実際二年後には有名なバンドになっているわけで心配する必要もないのだけど、それとコレとは別だ。


「それより……」

「もしかして『サカナ』の事ですか?」

「やっぱり気になったすか?」

「ジャンルもちゃうし、気にする事あらへんやろ」

「それがそうもいかないんすよね……」


 ジャンルが違うからこそ、気にしないといけない。差別化されているからこそ、全部持って行かれる可能性がある事をヒロタカさんも理解している様だった。


「なんだお前等、悠長に俺等の心配してんのかや?」

「心配しなくてもみんなのドリッパーズはちゃーんと盛り上げる準備はできてるよ?」

「うす……」

「別に心配はしてないっすけど」

「まぁ、あのおっさんが何か考えてそうなのは間違い無いけどな。『サカナ』とは何度かやってるし手前に出るお前等はやる事やればええんだがや」


 ナカノさんはそう言っているものの少し険しい表情を見せたものの、すぐに笑い「俺等はこのイベントを楽しんで帰ってもらう様にするだけだ」と言った。


 オープンが近づき、俺たちはそれぞれバラバラに動く事になった。初めての外でのライブという事もあり来てくれたお客さんや、呼んでいた友だちなど見に行ったりもしたい。


 三人で出ようとしていると、一人の男が声をかけてきた。


「君達はさっきのバンドの子たちだね?」

「せやけど、なんや?」


 俺はすぐに『サカナ』といた社長だと気づく。だが、加奈は全く気づいていないのか不審そうに首を傾げて威嚇している。


「ギターの子……まひるちゃんだったよね、あのかんじだと本番では結構動く感じかな?」

「そうですね。私等の売りでもありますから……」

「うーん。それならスカートにした方がいい」

「なんやおっさん、いきなり来てスカート履けて変態かいな!」

「見た目通りの変態さん……」

「加奈もひなも! この人は『サカナ』の社長だからそんな事言わない!」

「ある意味僕は変態だけど、ストレートに言われるとは思わなかったね」

「社長も認めちゃうの!?」

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