第51話 新たなバンド
ライブ当日、俺たちが会場である『ソドム』に着くと知らないお姉さんが居るのが見えた。
「お、おはようございます……」
恐る恐る挨拶をしてみると、緩いチェックシャツをまとうボブヘアのお姉さんが振り返る。
「おはようございます……あら、また可愛いらしい子がきたわね」
「うちら【hung out paty】っていいます。姉さんたちも今日出演しはるんですか?」
「美人さんね、関西の子?」
「うちは大阪出身ですけど……」
「偶然ね、私たちも昨日まで関西にいたのよ。そうそう、出演の話だったわね……」
って、そこで黙るんかい!
と、普段の加奈ならツッコミを入れている所だろう。だが、マイペースなお姉さんの雰囲気にのまれているのか加奈は背伸びをしたりしながら堪えている様に見えた。
それにしてもこのお姉さん、どこかで見た事がある……。
「ところでキミはギターかな?」
「そ、そうですけど」
「私は『サカナ』でギターボーカルの宮野時子。今日はよろしくね?」
その瞬間、俺は思い出した。
「は、はい。『hung out paty』の木下まひるです。一応、ギターボーカルです……」
慌てて自己紹介をしてみたものの、正直それどころではない。彼女はガールズギターロックの新生で『サカナ』はジャンルは違ったものの俺でも知っているほど有名なバンドだ。
正直、こんな小さなライブハウスに出てくる様なレベルじゃない。いや、まてよ。この時期はまだブレイクする前なのか?
「お? ヤッホー。トッキーにまひまひじゃん」
「あら、ジュンくんはリハおわり?」
「まぁ、俺は天才だからね?」
「ジュンさん……リハは天才じゃなくても普通におわると思いますけど……」
「まあまあ、二人とも今来た所かや?」
忘れていた訳ではないが、ドリッパーズは大きなフェスにも出るくらいのバンド。『サカナ』と知り合いだったとしても不思議では無い。だが、今日のライブに誘える程の仲だったのか?
そもそも、なぜあえて違うジャンルのバンドを呼んだのだろうか。
「もう少しジュンくんと話したい所なのだけど、今からリハーサルだからまた後でね?」
そう言うと時子さんはギターを持ち、ステージに向かって行った。
「なんだ、お前等も来てたのか」
「ナカノさん、おはようございます」
「その様子だと、『サカナ』を知っているみたいだな。まぁ、彼女達もそれなりに有名だから当然と言えば当然か……」
そう言うと、彼はステージに目を向けた。『サカナ』もスリーピースのバンドという所だけは共通点がある。
「ナカノさん……」
「なんだ?」
「どうしてまた『サカナ』なんですか?」
「あー。『サカナ』のメンバーと話している人がいるだろ? あの人に頼まれたんだよ」
俺が視線を向けると、無精髭を生やした貫禄のあるオッさんが話しているのが見えた。
「あの人は『リバーサイドレコーズ』の西田さんだ。つまりは『サカナ』のレーベルの社長だな」
「社長がくるんですか?」
「来る事自体は珍しい事じゃ無いけどな。ただ、あそこがそれだけ力を入れているバンドって事だ」
ナカノさん曰く、結構やり手のレーベルらしい。一言にインディーズと言っても様々な形態がある。CDや配信などの音源の管理とプロモーションが基本的な仕事なのだが、そのやり方は様々でアーティストのサポートがメインの放任主義的なところもあればガッツリ管理する所もある。『リバーサイド』はそのなかでもアーティストに深く関わって行くスタイルとの事だ。
「頼まれたから受けたのは間違いないが、彼女達の実力があっての事だ。それに、リクさんにも一度対バンしてみるのもアリだと聞いたからな。そのあたりうちのレーベルは自由なんだよ」
もしかしたらイベントとしてのバランスを考えての事かもしれない。実力のあるバンドだから他のジャンルに混ざったとしてもどうにかできるという自信があったのだろう。どちらにしても彼女達が加わった事で、雰囲気が変わる事には違いない。
そんな事を考えながら、着実に準備をしていくのを見ていると時子さんがギターにストラップを付けているのが見えた。俺の記憶ではフェンダーのテレキャスターを使っていたのだが、現れたのは年季の入った黒いリッケンバッカーだ。
個人的に音は好きなのだが、弾く事を考えると安定感が無く使うのには躊躇してしまう。そんなギターをあえて使おうとしている彼女に何とも言えない不安を感じていた。
それぞれの楽器の音取りを終える。社長と言われていた西田さんがリクソンさんと何か話してはいるものの、それ以外は特になにも変わった様子はない。曲に入った瞬間、彼女達の音に引き込まれていくのが分かる。
ニルヴァーナのグランジを思わせる暗いベースとドラム。それを引き立たせる様なギターが入ると独特の世界観が広がって行く。だが、聞こえて来た歌声は闇に引き込まれて行く様なカートコバーンの声では無くノスタルジックなウィスパーボイスだった。
ああ……これはこのバンドでしか出来ない。
そう思わせる様なアンダーグラウンドな歌詞。このレーベルが力を入れて押している理由が分かる一曲だ。
明らかに人を選ぶ様なスタイルだが、これが将来売れるバンドのポテンシャルという奴なのだろうか?
淀んだ空気の中、俺はそのリッケンバッカーの音が耳から離れなかった。
「まひる……? どないしたんや?」
「いや、すごいなと思って」
「雰囲気はあるけど、このイベントに出てくるバンドちゃうやろ」
「まぁ、そうなんだけど」
そう加奈には言ってみたものの、明らかに異質なその存在は間違いなく一定の層には刺さる気がしていた。ラウドロックを見に来ているからと言って全ての人が熱狂的なわけじゃない。
それぞれが聴いてきた中で、共感する部分や引っかかる部分があった人が来ているのだという事は、長年のライブハウスのスタッフをしていた事でなんとなく分かっている事だった。
その後に出てきた雅人達の『スターライン』もドラムが変わった事で以前とは比べ物にならない完成度を見せてはいたものの、『サカナ』のインパクトの前ではどこか霞んで見える様に思えた。
「次、『hung out paty』さん、準備して下さい」
だけど、俺たちは切り替えて今出来る事をやっていかなくてはいけない。その為に加奈やひなも練習して来たんだから……。
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