第50話 仕上げ

 練習がまともに出来るのはこれが最後になるだろう。不安要素だったひなちゃんも安定して来た事もあり、三人体制でのバンドも大分形になって来たとは思っている。


 ただ、やはり雅人が抜けてしまったのは大きかった。ジャズをベースに経験値の高い雅人は文化祭の練習の間にも見る見るうちに成長を遂げていた。


 流石は未来で人気のインディーズバンドのドラムになっているドラマーだ。ひなちゃん自体も彼に相談している事でアレンジ自体は悪くはないのだけど、やはりタカさんや雅人と対バンするには見劣りしてしまうのが懸念点だった。


「ごめん、ちょっと遅くなっちゃって」

「まだ準備している所だから大丈夫だよ」


 最近、彼女はどこか不満気というか余裕がなくなってしまっている様に思う。今日だって普段ならニヤニヤしながらボケるのだが、その気配がない。


「ひな、新曲の調子はどうなんや?」

「どうにか叩ける様にはなっているけど……」

「けど、なんや?」

「正解は分からないよね」

「そんなん、うちも分からへんわ……せや、まひる。ちょっと試してみた事があんねんけど、ちょっと聴いてくれへんか?」

「いいよ、どういう感じなの?」

「Bメロのミュートかける所あるやん? あそこをアクセント強めてたんやけど……ちょっと叩いてもろてええか?」


 そう言ってひなちゃんはBメロ前のフィルインから入る。ブレイクの所で加奈は弦を引っ掛ける様にはじいた。


「スラップ……いや、プルをいれたんだね」

「どうや?」

「うん、丁度変化を付けたい所だったからスラップを入れたみたいでいい感じかも?」

「この方がキレがあるっていうか、ナックルボール投げてるイメージなんや」

「それは不安定すぎる! はじく手前で細かく抑えるのを遅らせて解放弦の音とか入れてみたらもっとゴチャゴチャして面白いかも?」

「こんな感じかいな?」

「そうそう!」

「確かにミュートが増えたかんじがして手数増えた様に聞こえるわ!」


 指弾きの利点を生かした形で原理はほぼスラップだ。あとは……「ひな、解放弦を弾くちょっと前にバスを足せる?」

「うーん…ちょっとやってみるね」


 そう言うと、彼女は最も簡単にダブルキックを入れる。ダブルキック自体は雅人も出来るが、こんな位置にいきなり入れられるかはわからない。やはり足元は一つ抜きん出ているのだと思う。


 タカさんなら踏めそうだけど、あの人はそもそも全部上手いからなぁ……。


「あの……私も」

「ひなも何か試したいの?」

「……うん、」

「いいよ、どんどんやってみよ!」


 そう言って、サビまえのフィルインから入る。今までの雅人的な感じよりハイハットが印象的なアレンジだ。だが、それ以上にサビのハイハットの入れ方に俺は衝撃を受けた。


 本来なら普通の2ビートだ。簡単に言えば8ビートを二倍の速度で叩けば出来る。それだけでもダブルキックを入れた形はかなり難しくなる。展開を考えたらキックの入れる場所を減らしたり増やしたりして変化を付けるのがつけやすいのだが。


 シュッパーシュパパ、シュッパーシュパパ……。


 この速さのハイハットの裏にオープンクローズの変化って……出来るものなのか?


「なにそれ……」

「はぁ……やっぱりダメだよね」

「いや、凄すぎてビックリしたのだけど」

「へ?」

「多分これ、タカさんも無理じゃ無いかな?」

「でも、タカさんに教えて貰ったのをちょっと変えただけだよ?」

「そうなの?」


 だとしたら、俺のイメージ以上にタカさんは上手いと言う事か……。


「アクセントにハイハットを開くと閉じるを使えば雰囲気が変わるって。だから、リズムがいい感じでやってみたのだけど……」

「まさか、タカさんもここまでやるとは思ってないと思うよ」

「もぅ……私への愛の告白ですか?」

「どうしてそうなったの!?」


 そう言いながらも、平然を装いながらもニヤニヤしている様に見えるひなちゃんはどこか嬉しそうだった。だが、俺のなかで諦めていた部分のドラムに希望の光が見えて来たのは確かだった。


 それぞれが成長し始めた事で、文化祭で理想としていた形つまりはイメージしていた形以上のクオリティに辿り着けたと感じている。


 ギターの技術は、ギターヒーローのジュンさんにも負けない。加奈だって、飛び道具的な技を取り入れたベースプレイが、ひなちゃんのドラムと噛み合う事で新しいグルーヴに繋げる事が出来た。さらには、あのハイハット捌きはきっとドラムとして注目される事になるだろう。


「これなら、ドリッパーズともやり合う事が出来るかもしれない!」

「まひるが言うんやったら間違いないなぁ!」

「足技でイかせてみるね!」

「ひながなんか卑猥!!」


 新曲の完成と共に、ライブでのパフォーマンスの形もイメージ出来ている。三人でやれる事はやって来たのだから後は俺がジュンさんに勝つ事で一気にインディーズデビューを見る事ができるだろう。


 ……ライブまでの数日。

 俺たちは学校でチケットを売る為に各クラスを周り奮闘していた。


「まひる、後何枚や?」

「後は、二枚でヒロタカさんから貰った分は完売出来るよ!」

「もう少しやんけ!」

「まさか三十枚近く売れるとはね……」

「何言うてんねん、うちは倍は売るつもりやったんやけどなぁ」

「それはチケットが足りなくなるよ」


 そして、ひなちゃんと合流する。


「まーちゃん、後何枚あるの?」

「あと二枚だよ?」

「二枚かぁ……ちょっと足りないかも?」

「まぁ、ヒロタカさんに言えば取り置きの形で二枚位ならどうにか出来るかもしれないけど、誰にうれたの?」

「三年生で求婚して来た先輩が四人、買ってくれる事になったんだよね!」

「求婚……って大丈夫なの?」

「みんなドMだったから大丈夫だよ?」


 全然大丈夫じゃ無いと思うのだが、彼女がそう言うのなら信じよう。俺は名前を聞くと取り置きの連絡をヒロタカさんに入れ、チケットを手配した。


「よっしゃ、完売超えたで!」

「後はライブを迎えるだけだよ!」

「エイエイオー!」

「ひな……古いと思うのはわたしだけ???」

「まーちゃん、時代はまわるのだよ?」

「な、中嶋◯ゆき!?」


 頭の中であの名曲が流れてはきたものの、BGMをクイーンの足音に切り替え当日までの自分をしっかりと鼓舞する。


 そして俺たちは、ドリッパーズとスターラインとの決戦の日を迎える事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る