第49話 準備
日が明けると、昨日の事がまるで夢だったかの様に普段の学校が始まっていた。それぞれ連絡は交換していたし、俺もジュンさんとナカノさんと交換した。
タカさんは無口な事もあり、人見知りがちな俺には少しハードルが高かった。
ある意味コネクション……になるのだろうか。頭の中で風次が過ぎる。今後活動して行く上では役立つ事には間違いないのだが、なんとなく彼等をそんな目で見る事に抵抗があった。
「ふあ〜あ」
それにしても眠い。
「まーちゃん眠そうだね」
「昨日、ジュンさんにもらったエフェクターが曲で使えないか試しててさぁ」
「アンプと同じ音がなるって言う?」
「そうそう。正確には違うんだけど、結構似た感じのザラザラした音にはなるよ」
「まーちゃんはザラついて行くわけだね!」
ザラついていくんですけど、
「まひるにひな、ちょっと営業にいこや?」
「どうしたの?」
「昨日ちょっとナカノさんと話しててな、ライブを見たいけど有るの知らんかったり、声かけるのを躊躇してる奴がおるんちゃうかなって思ったんや」
「それは菅野さんにも似た様な事言われたかも」
「アイツが? ほな間違いないんやろなぁ」
それで俺はSNSを始める事にした訳なのだが、加奈の提案はもっとシンプルだった。
「とりあえず文化祭見たか聞いてみて、見た言うてる人にライブの宣伝したらええんちゃうかな?」
「ド直球だね!」
「SNSもええ思うねんけど、うちにはどうも人の顔が見えてけえへんねん。せやから直接聞くんがやる事わかりやすいし、直接チケット売れるやろ?」
確かについでにSNSも宣伝すれば。フォロワーも増える可能性が高くなってくる。実際今出来る事をしていかなくてはいけないのだと彼女が言っている様に思えた。
「やってみようか!」
「やってみて、それでもチケットが売れへんかったらそれは今のうちらの実力や!」
「その時は握手券つけようね!」
「それは何か違う気がする!!」
なんとなく俺は大人になっていた様な、いや大人にならなくてはいけないのだと思って居たのかもしれない。
きっとそれ自体は悪いことではないのだろう。ただ、分かっている様な気になって意味のわからない固定概念に縛られてしまっていた事が今は必要がないというだけだ。
それから俺たちは、休み時間が来るたびに他のクラスや学年を周り声をかけて回った。中には嫌そうな顔をされる事もあったが、それはそれで構わない。それでも今が本気で来て欲しいのだと伝える事が出来ればいいと思った。
「なかなか売れへんなぁ……」
「金銭的な問題や習い事なんかもあるからね」
「まぁ、それでも確実に少しづつは売れとる」
「今の休み時間で三枚も売れたら充分だよ」
「十回休み時間つこたら完売やしなぁ!」
一週間回れば百枚位売れるみたいな計算には聞こえなくもないが、あながち間違ってはいない様な気にさせてくれるのが加奈の凄いところだ。
ドリッパーズと知り合った事で、俺たちの今後がなんとなく見えて来た様に思えていた。
そのうちの一つが加奈の集客への意識だとしたならもう一つは、ひなちゃんだ。どう転んだとしてもパワー系ドラムの二人に迫力で勝つ事は難しい。だがその反面、彼女は彼ら二人に圧倒的に勝っている部分がある。
それはルックスだ。
雅人は身体の大きさからどうしても威圧感が出てしまうし、タカさんもあの凶悪な顔は正直中身がおっさんの俺ですら怖い。ドラムとしてはプラスに働く事でもあるのだが、わざわざ同じ土俵で戦う必要はないというわけだ。
つまり、華奢で小柄で可愛いらしいひなちゃんはそれを活かしつつ予想を超える迫力を出せばいい。中でもバスとハイハットに関しては引けを取らず、スネアもリムショットの鳴らし方をタカさんから教えてもらった事で重要な三点の音圧はかなりしっかりと出る様になった。
それをあのルックスでニコニコ叩くだけで、ある意味狂気じみたドラムが完成する。
その事を踏まえ、新曲ではドリッパーズやスターラインが出来ない様なハードな音に可愛い声を乗せる形を活かしサウンドとのギャップを見せる曲に仕上げた。
「今回はやけに可愛い曲にしたんやなぁ」
「だけど演奏は今までで一番重たい感じだよ」
「またなんでそんな作りにしたんや?」
「それのポイントはボーカルとのバランスかな?」
男性ボーカルだと、重い音を出した際にどうしても被りが出てしまう。メタルだとこれを回避する為に高音のボーカルにする事で重さをしっかりだしていく。
しかし、ヒロタカさんは芯のある中音域の声質が武器のボーカルで、ナカノさんはそれよりは声が高いもののメロディックパンク寄りの声だ。つまりはただ重い音の設定だとボーカルが聞こえづらくなるというリスクがある為、どうしてもイコライザーで調整しなければならない。
だが、自動的に声の高い俺たちは重くハードな音色にガールズバンドのキーのメロディを乗せる事で多少重くした所で声はハッキリと聴かせる事が出来るという訳だ。
「つまり、私たちの声なら重くしても浮く!」
「その方法弱点は無いんか?」
「強いて言うなら、女の子の声を生かすメロディにする為エモさが出しづらくはなるかな」
たとえるならベビメタがいい例ではある。メインボーカルはメタルに寄せた歌い方だが、サイドの二人は可愛らしいアイドルっぽく地声に近い声のままでもあの重低音の中でハッキリと聞こえている。つまりはわざわざ男性ボーカルや超絶系バンドに寄せなくても差別化が出来るというわけだ。
おまけにもう一つ、インパクトを与える最終兵器として疾走感に全振りした高速ツービートの曲も作っておいた。見ている人を直感的に凄いと思わせるには速さが分かりやすく、それだけでシンプルなアレンジだったとしてもインパクトがあると思ったからだ。
「この曲慣れると思ったほど難しくないね!」
「疾走感を重視した曲だから意外と単調になっているんだよ。大きくパターンを変えると速すぎる事で複雑な事をしている様にも聞こえてくるからね!」
これでライブに向けた準備はととのった。
あとは今回の作戦があのドリッパーズのファンにどれだけ受け入れられるかという事だけが問題だ。
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