第48話 実力

 野球の話しで加奈はナカノさんと仲良くなっていると、ゆっくりとひなに近づく影が見える。


「スネア叩ク時、振リ終ワル場所固定スル」

「どうして片言なんですか?」

「可愛イオンナノコ、チョットニガテ」

「まぁ、ひなは可愛いですけど……ちゃんとドラムは教えてほしいかな?」


 何だかタカさんが類人猿みたいになっているのはともかくひなちゃんが猛獣使いみたいになっているんだが……役作りなのか素なのかちょっとSな感じが否めない。


「心配するな、タカは硬派なんじゃなくてシャイなだけだ」

「あれってシャイなんですか!?」


 とはいえ実力は本物。ひなちゃんだけじゃ無く雅人もそれが分かっているのか、食い入る様に聞いている。となると俺は……ついでに俺はギター談義でもしようかとジュンさんを見ると驚くほどにしょぼくれているのが見えた。


「なんでそろいもそろって練習モードなんだよぉ……」

「やっぱりみんな不安なんじゃ無いですかね?」

「まひまひは遊べるだろぉ?」

「なら、何かしますか?」


 そう言うと、ジュンさんは座り直してギターを構える。速弾き大会が始まるのかと思いきや、彼が弾いたのは俺のリフだった。


「バッキングの音が違うんだよなぁ……」

「ああ、それにはちょっとコツがあるんです」

「コツ?」

「速弾きの時って、加速させないと追いつかなくなりますよね?」

「俺は力を入れて痙攣させるみたいに弾いているけどこれの事?」

「それはジュンさんの気合いかもしれない」


 速弾きをするピッキングの方法はいくつもある。ピックの持ち方も影響してくるのだけど、速弾きをするとなるとピッキングは速く安定させる必要が出てくる。


 彼は認識してはいないのかもしれないが、指先に力を入れて震わせつつ手首を連動させる形で加速している。薬指で安定させる事で精度を高めているから成り立っているのだけど、かなり体力を使う弾き方だ。


「わたしは少しハミングバード寄りのフォームで、肘、手首、指、指先を連動させている」

「ふむ……」

「イメージとしては回転させる様な感じなのだけど、延長線上にバッキングのピッキングがらあるんだよね!」


 手を伸ばして肩から腕を振ると大きく指先まで振れるのが分かる。手首から先を脱力して徐々に肩、肘、手首の順に振りを小さくすると先の方はどんどん速くなっていく。


 これをピッキングに活かしたのがハミングバード奏法となるのだが、ミュートや細かい抑揚での欠点がある。なので左手でのミュートやエフェクトで雑音を消すと言った方法を取る事が多い。だが俺はピックを捻る事での加速を加える事でミュートが必要な場面での速いピッキングを可能にしている。


「それどうなってんの!?」

「だから……こうだよ?」


 バッキングの時にはアクセントで捻る事でキレが増した様に聞こえさせているのだ。


「そんな弾き方で一曲続けられるのか?」

「力自体は要らないから慣れたら意識しなくてもできる様になるよ!」

「なるほど……確かに肘とかから動かせば速くなる気はするけど、ガッツリ弾いている感じがなくなっちまうんだよなぁ……」

「そこは、スタイルとの兼ね合いもあるかもね」


 ダウンピッキングだけで曲を弾いた方が勢いが出るとかそう言った弾き方もある。この辺りに関しては好みやポリシーみたいなものもあるからなんとも言えない部分ではあるのだ。


「ほいっ、まひまひにこれあげる」

「何これ?」

「何ってアメだけど? ギター弾いたから糖分使ったっしょ?」

「まぁ……そうかもしれないけど」

「分かったよっ! アメ位じゃ満足出来ないって事じゃんね? いいよ、出血大サービスでこれあげるよ!」


 そう言って、アルミラックから何やら小さな黒い箱を取り出して俺の胸に押し付けた。


 プニっ……そこまで成長はしていないものの、多少の弾力性は兼ね備えている事もあり衝撃を吸収する。本来ならキャーとか言った方がいいのかも知れないのだが、その黒い箱を見て俺は叫んだ。


「ええーっ!!!」

「ごめ、ごめんよ。そんなつもりは無くって……」

「そうじゃ無くていいんですか!?」

「ああ……まぁ、アンプベッドも持ってるし。今日アンプを使っている感じ見てたら好きそうだったじゃんね?」


 俺の手の中にはメサのアンプを再現できるBOXエフェクターが握られていた。


「ありがとうございます!」

「ライブハウスによってはマーシャルが無い所もあるから結構使えると思う……」

「ジュン、それあげんの?」

「いいんだよ、使わんのはコイツにとってもかわいそうなんだらぁ」

「ジュンがいいならいいけど」


 俺の喜び方にジュンさんは少し恥ずかしそうだった。切実にありがたい、中学生の財力でエフェクターを買うのは至難の技だ。これで俺の音の幅が広がればまたバンドの音も変わってくるだろう。


 それぞれ話したい事が沢山あった事もあり、気がつくと日が暮れていた。


「小山と木下はそろそろ帰らねぇとヤベぇんじゃねえか?」

「本当だ、もう18時だ」

「うちも夜の手伝いせんといかんわ」

「それなら俺が送って行くよ。まぁ、場所的に来づらいかもしんねーけどまた遊びに来ればいいだろ」


 ナカノさんはそう言って、ハイエースの鍵を棚の上から取りナイロンのジャケットを着た。外に出るとほとんど日が沈んでしまっていた事もあり、暗く風が冷たかった。


「まひまひにマサキ、かなちーにひな様もバイバーイ!」

「ジュンさんもまたライブで!」

「今度は連絡してから来て下さいね!」

「うす!」

「ウス!」

「ひなとタカさんはそれでいいの!?」


 ジュンさんと違い、ナカノさんの運転はスムーズに進む。走りだし、大通りに出ると彼は口を開いた。


「ライブ、楽しみだな」

「そうですね、あと三週間ですけど頑張って成長しときます!」

「せやけど、ナカノさんのおかげでベースの深さを大分知る事ができたわ!」

「あれはあくまで俺の持論だからな。もっと色々と対バンして加奈の持論をつくれよ」

「まずは次のライブで、スターラインのベースにも色々聞いてみよかなぁ」

「そうやって色々話していけばどんなベースになりたいかも見えてくるさ」


 空が真っ暗になった頃、ナカノさんはそれぞれの家の前まで送ってくれるとの事で俺が一番先に付く事となった。


「まひる、ジュンを凹ましてくれてありがとな」

「それどんなお礼なんですか! お礼参りとかされないですよね……?」

「お礼参りって、いつの時代の奴だよ。最近調子に乗ってたからちょうどいいんだよ」


 そう言うとナカノさんは「ふふん」と鼻で笑い小さく手を振るとひなちゃん達が手を振っているのを確認し車を走らせた。

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