第47話 野球好き
ドリッパーズの急変に動揺し、頭は入りきれなかったものの咄嗟に立て直しイントロに入る。その瞬間チラリとナカノさんの視線を感じた。
あくまで俺はリズムギターに徹する。三人がまとまり切っている以上、音圧を足してやる位のフレーズがいいと思い、コードやオクターブを重ねていく。イントロが終わる頃には走り気味な前ノリのリズムにも慣れてきた。
探りながら弾くのが精一杯の中、かなり難しいフレーズを弾いてるはずのジュンさんはまるで遊んでいるかの様に飛んだり跳ねたり回ったりと無茶苦茶だった。
なんでアレで音が安定してんだよ……。
ギター、リズム、歌にパフォーマンス。どれを取っても今まで見たことのあるバンドとは違う。この人がいるだけで以前みたバンドからここまで変わるのか……。
すると高速ギターソロに入る。集中しているはずの彼が一瞬ニヤリとしたのがわかるといきなりソロを途中で止め弾き直す。
間違えた?
いや、今のはまるでわざと止めた様に感じる。
次の瞬間、再び同じ所でミュートする。これはわざとだ、そうか……この後を弾けって事だろうな。
俺はミュートした一拍の裏からスライドで引っ張りソロに入る。ただ、同じフレーズを弾いても面白くはない。得意技のスイープを絡めつつあくまでリズムギターですよと言う様にバッキングソロを混ぜる。このままベースもドラムもコントロールしてやるよと、リズムに変化を加えた事でリズム隊が合わせに来た。
アイコンタクトであたかもブレイクを入れるかの様にギターを振ると三人がブレイクした瞬間にライトハンドで音を残しそのまま曲に戻り、最後のサビとアウトロをバッキングのみで纏め俺は戦いを終えた……。
演奏を終えた後、しばらく残響が残る。油断をすぐにギターのリフがリフレインしてくる。一瞬の静寂なのか、本当にみんなが止まっているのかはわからなかった。
「いや……すご過ぎるやろ……」
加奈がそう呟くと、止まっていた時間はゆっくりと動き出した。
「俺、次叩く勇気ねぇんだけど」
「そんなんうちもや、自分らの曲でもあそこまでなる気はせえへん」
「心配するなよ、お前らのリーダーは化け物だわ」
本来なら、ドリッパーズは俺をかき乱すつもりだったのだろう。だが俺は、それを逆手にとり経験とテクニックで纏めに行った。おかげで彼らは集中し消耗したのだ。
「いや、アンプが良かったんですよ」
「だらか、ジュンはメサ以上だと思ってケトナー使ってるがや?」
「三人の完成度が高かったから遊べたんです」
「まぁ、そう言う事にしといてやるか……」
ナカノさんが言った事に納得出来ていないのが一人。ボリュームをさげ、俺が弾いていたフレーズをなぞる様に弾いている。
「詰めたって言うよりは、試しに弾いたってかんじかぁ……それでも機械みたいな速さだな」
ジュンさんはニコニコとしていた緩い雰囲気から一転、まるでゾーンにでも入ったかの様に呟いている。
「やっぱり、オリジナルを聞いてみたいな。ねぇ、オリジナルやってみてよ?」
「うちらがか?」
「うん、一回聞いてから入ってみようかな」
まるで、戦う前の剣客の様な雰囲気で彼はエクスプローラーを構えた。
曲はもちろん文化祭でやったオリジナル曲をする。
「叩くのは私でいいの?」
雅人に叩いてもらう手もあるのだが、今はひなちゃんを信じてやった方がいい。
「『hung out paty』のドラムはひなだよ?」
「そう言うなら……当たって砕けるね!」
砕けたらダメだろ! と言うツッコミを待たずにひなちゃんはカウントを入れた。
練習もしっかりとしてある曲という事もありいい感じに纏まっている。もちろん歌や振り付けだって進化し、キレも出てきていると思う。あの練習法が効いて来たのかベースは抑揚が付き、ドラムは音圧が増していて最近では一番いい出来だ。
ワンフレーズ終えると、音を出さずにジュンさんが弾いているのが分かる。それに彼だけじゃ無いナカノさんもタカさんも集中して聴いているのがわかった。
曲を終えると、先にナカノさんが口を開いた。
「バカみたいなベースに、上品なドラムか……いいね、嫌いじゃ無い」
「うちは褒められてんのか?」
「フレーズをシンプルにしているのは、ベースボーカルをしているのと、化け物ギターがいるなら間違ってはいない」
「それならええねんけど……」
「そのスタイルで意地でも指で弾いてやろうという姿勢は性格に合っているんじゃないか?」
確かに、最初に指弾きを選んだもののこの速さは想定していなかった。基礎練習を徹底的にやっている加奈だから弾けている。
「ふんわり嬢ちゃんの方は、上半身が雅人の影響を受けすぎてはいるが、足元……特にハイハットの繊細さはタカより多彩だと思う」
「足は得意ですから!」
「ただ一つ言うなら、二人とも行儀が良過ぎるな。ギターがアレなら仕方ないかもしれないが、まひるにはもっと噛みついた方がいい物になる気がするな……」
「噛み付くって言われてもなぁ」
ナカノさんの言いたい事はなんとなく分かる。演奏の纏まりは綺麗なのだが、ドリッパーズと合わせた時の様な殴り合う様な感覚はない。
「加奈、ベースは独学か?」
「強いて言うならまひるに教えてもろた感じやわ」
「なるほど、なら俺が教えてやるよ」
「ええんですか?」
「ギターの奴にはわからねぇ、ベースの面白さは本職に習うのが一番だろ?」
「それは……」
加奈は気を使っているのか、そっと俺の顔をみつめた。
「加奈、ベースはベースに習った方がいいよ。最初にも言ったけど、100kmの球には違いがある」
「せやんな! ごっついストレート投げたる!」
「俺は好きだからいいけど、なんで例えが野球なんだ? 加奈が好きなのか?」
「ナカノさん、加奈は野球ガチ勢なんです。強豪のリトルでピッチャーして国際試合とかでるくらいに……」
「マジでヤバいがや。いや、俺も中高と強豪の野球部だったんだよ」
ナカノさんは少し恥ずかしそうに言う。
「ほんまですか? なんならグローブありますよ」
「俺も車にあるよ」
「ナカノは名電出身で甲子園も行ってるからね!」
「おおおー! ポジションは……キャッチャー」
「なんで分かるんだよ」
「そらキャッチャーの匂いがプンプンしてはりますから! それで、甲子園はどないやったんです?」
「あー。中学の時は結構いいとこまで行ったんだが……俺は高校ではホームベースは奪えなかった」
「やっぱり強豪の壁は厚かったんかぁ……」
「おかげでバンドはそこそこいい感じだからなんともいえねぇけどな……」
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