第45話 不審者

「なんや、うちの普段の写真なんてアップしてもしゃーないやろ? 球ならいつでも投げるで?」

「バンドのSNSでいきなりピッチングを載せるのは違うと思う。せめてベースじゃない?」

「ベースはまだちょっとなぁ……」

「バンドのアカウントだからね?」


 ファンを付けるなら、圧倒的に絵になる加奈の日常を載せるのがウケるだろう。出来ればバンドのロゴなんかもあるといいのだがとりあえずは画像アプリでシンプルに作ったものを載せておく。


 ひなちゃんは……一つ間違えると、変なファンが付きそうなんだよなぁ……。


 だが、一番初めはやはり三人の写真が必要だ。新しく撮るのもいいのだが、文化祭の時にヒロタカさんが三人を撮ってくれたいい写真があり、それを使う事にした。


 投稿ボタンを押す。

 世の中に初めて『hung out paty』が公開される瞬間だ。きっと何年後かにこの日の投稿を見て懐かしんでいるのだと思うと胸が熱くなる。その頃には俺はどうにかなっているかも知れないのだけど、それは考えても仕方がない。


 すると早速『いいね』ボタンが押された。やはり世間的にも俺たちのルックスはいいのだと思ったのだが、大体何件かは来るらしいどの事だった。


「結構いいと思うのだけどな……」

「まひるがギター弾けは一発やろ!」

「来るかは置いといて、そう言うのは上げて行った方がいいかもしれないね?」


 確かに、今の時代SNSで投稿していくというのはいいのかもしれない。たとえドリッパーズにライブで勝てなかったとしてもこちら側のファンで客席が埋まっていたなら結果的には……いや、本来の目的はそうじゃない。彼らに勝ったとしても飯を食える様にならなくてはいけない。


 本当に実力を付けなくてはまた俺はあの頃に戻ってしまうんだ。


 俺はアップする為にも新曲を作る事に専念した。限られた時間で、彼女達にどう弾けばいいかわかる様にする為にも俺自身が曲を理解する必要がある。


 もちろん、色々考えてはいるのだが他のパートにどう弾いて叩いて欲しいか、歌って欲しいかを考えておくのは今までした事は無かった。


 そんな事を考えなが、午後の授業が終わると、まだ十五時を過ぎたくらいだというのに夕方の気配がした。


「もう秋も終わるね……」

「日が沈み出すのが早くなったよね」

「本当、人肌恋しい季節だよ」


 うーん。まぁセーフか。

 すると加奈がこちらに走ってくるのが分かる。スポーツ少女としては身体を動かしたくて仕方がないのだろうか?


「まひる、ひな!」

「野球ならしないからね!」

「なんでや……」

「そんなあからさまに落ち込まなくても」

「ちゃうねん。別に野球に誘いには来てへん、校門の前に変な人がおるらしいんや!」

「何か嬉しそうだね、加奈は変質者がすきなの?」

「いや、アンタにだけは言われた無いわ」


 とはいえ、『変な人』というのは気になる所だ。加奈のテンション上がるほど面白い人なのかもしれない。


「うちらも一緒に観に行こうや!」

「それって危なく無いの?」

「私、狙われない?」

「遠目で見る分にはええやろ、どうせ通らなあかんねんから」


 校門に居る以上、危険がなくなるまでは帰ることが出来ない。彼女が言う様に遠くからなら見てみたい様な気もしている。


「とりあえず行ってみよっか!」


 俺たちは、その人を見る為に生徒玄関から見える位置を探す。既に噂が広まっているのか他の生徒も集まって来ていた。


「なんだ、お前らも見に来たのか?」

「出れないと帰れないからね。でも雅人が居るならもっと近づいてみてもいいかもしれない」

「なんだ? 俺を盾にする気かよ、まだ怪我が治ったばかりなんだそ?」


 ひなちゃんは雅人をそっと押す。流石に変質者相手では身体の大きな彼も怯んでしまっている様だ。しかし、生徒達を抜けた先にいたのは……警察官に挟まれた蛍光色の服にホットパンツを履いているサングラスの男がいる。やっぱり変質者……だけど何処かで見た様な気が。


「家族なわけじゃないんだって!」

「ならなんで来たんだ! ここは中学校だぞ!」

「だから知り合いがいるって言ってるじゃない?」

「だからそれは誰なんだ? 名前は?」

「そんなのどうでもいいでしょ? 女の子で、あと可愛い子?」


 無茶苦茶なやりとりだが、男は一向に引き下がる気配は無い。


「なら続きは署の方で聞こうか?」

「あら、やっぱり警察官? ヒュー! 制服カッコいいよ?」


 全く動じる様子もなくフザけ倒している。それを見た雅人は不意に呟いた。


「あれ、ジュンさんじゃ無いか?」

「ジュンさんって?」

「俺らが対バンするドリッパーズのギターだよ」


 それを聞いて、俺は以前みた動画を思い出した。格好は全然違うものの、なんとなく系統というか雰囲気は似ている。だとしたら何故、こんな所に来ているのだろうか……。


「ジュンさん、何やってんすか?」

「おー、やほやほ! えっと……メガネんとこの大型ドラマーの……マサキ!」

「雅人です……」

「なんだ君、知り合いなのか?」

「まぁ、そんな感じです」

「でしょ? だからいったっしょ?」

「いやいや、男の子じゃないか。それも中々いい身体している……君、警察官に興味はないか?」


 ちょっと待て、警察官もそこじゃ無いでしょ!

 雅人が警察に説明している間に、ジュンさんはこちらを見ると何か考えてからニンマリと笑い手を振った。


「ヤッホー!」

「あ、はい」

「まひる、振り返したらあかんで。なんかめっちゃヤバい奴やん」

「でも、ドリッパーズのギターだって」

「変態さんなのですね……なら私が」

「ひなもちょっと待って!」


 雅人が説明を終えると、警察官は「紛らわしい格好で来るんじゃ無い」とジュンさんの肩を叩き去って行ってしまう。俺たちは雅人の影に隠れながらそっとジュンさんとの距離を取る。


「あれ? なんか俺、めっちゃ警戒されてない?」

「まぁ、ジュンさん怪しいですしね」

「そっか……結構気合いいれて来たんだけどなぁ。まあそんな事はどうでもいいや、とりあえずアレに乗って?」


 そう言って指差した先にはいかにも拉致する時に使いそうな真っ黒のハイエースが止まっていた。


「いや、流石に乗りませんよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る