第44話 リズムは大事!

 文化祭の時に加奈に出した課題は、あくまでバンドの形にする為の物だった。手っ取り早く基本的な事をできる様にする為にはまずは他の音に合わせられる事が必要だった。


 だが、今後バンドとしての活動を考えると、それらは他のバンドもやっている練習に過ぎない。個人で家でも練習ができる次のステップが必要だ。


「リズム練習やったら、文化祭の時から毎日やってるで?」

「うん、加奈のベースは大分安定して来たと思う」

「他にも曲の練習もしてるし、ミュートも意識せんでも出来る様になってきたからそれでええんとちゃうんか?」

「普通はそれでいいかもしれない。だけど、今回みたいな格上のバンドのベースに追いつく為にはさらに意識していく事を増やす必要があるんだ」


 こう言う時、加奈には野球で例えるのがいい。文化祭の時の経験から俺はその事を学んだ。


「ただ速く投げる事だけ意識してたらあかんっちゅうわけやろ? そんなんゆうても、コーチもおらんのにどないせいっちゅうねん!」

「だから新しい練習をするんだよ!」


 加奈も慣れて来たのか、野球に置き換えて考える様になっている。これが成長なのかと感心する。


「今までの練習は音を綺麗にする練習。つまりはフォームを固めるシャドウピッチングみたいな物なんだけど、リリースのタイミングって重要だと思わない?」

「ピッチャーなめとんか! 大事なんは当たり前やんか!」

「そう……そこでなんだけど」


 俺は加奈のメトロノームの音を変える。なるべくアタック音の強いカッ、カッ、っと鳴るクリック音をえらんだ。


「まぁ、一回見ててよ」


 そう言って俺はクリック音に合わせ手を叩いた。


 パンッ、パンッ、パンッ


「は? 何やったんや?」

「ピッタリに合わせられたら、音が消えるんだよ。一回やってみて?」

「毎日聞いてんねんから簡単や!」


 パンッ(カッ)パンッ(カッ)パンッ!


「一回消えたで!」

「そこ! 修正して消える様になったのだけど、それって加奈はクリックを聞いて合わせに行っているんだよ」

「こんなん合わせんと無理なんちゃうんか?」

「自分でリズムを刻んだ上で合わせる。だけどそのままリズムを刻んでもズレてくるから、倍……いや四倍か八倍で刻んだ上で合わせるとズレにくくなるよ?」


 最初は間の裏、それを四拍にして十六分、さらに倍にして三十二分。これくらい表と裏を意識してリズムが取れればさらに安定してくる。


「めっちゃむずいやん……」

「意識出来ているかは他の拍にこのクリック音が入って来る様にするといいよ」


 パンッカッパンッカッパンッカッ……


「これが倍の裏拍、慣れると裏のジャストが感じられる様になるんだよ」

「こんなん意味あるんか?」

「もし頭でしか合わせられなかったら、ドラムが頭を入れない時には感覚で合わすしか無くなるし、そうなると三人でもズレやすくなるんだよ」

「キレが無くなるっちゅう訳か」

「後は、なる所をずらす事で演奏する時のアクセントの移動ができる様になるんだよ」

「リズム以外にも纏まるポイントが出来るんやな」


 彼女なりに何かを掴んだのか、色々と試し始めた。アクセントを意識出来る事でアレンジでのアイデアやグルーヴにも繋がり演奏での表現力は格段に上がるはずだ。


「ひなは……ある程度雅人に教えてもらっているかな?」

「それはそうだけど、雅人くんより上手くなるにはどうすればいいと思う?」

「そうだよねぇ……力で勝負したら絶対勝てないから速さと繊細さを出すのがいいかも?」

「速さ?」

「ドラムの音は力よりも速さに影響を受けて音量が変わってくる。だからスティックを振る時やバスを踏む時の速さを上げられればしっかりとした音はなると思うんだよね」

「まーちゃんは速いほうが好きなのね!」


 ドラムの話だよね?

 ひなちゃんは元々音楽をしていた事もあり、表現に対しての意識は高い。リズムの取り方も普通の人よりは意識しているのが分かった。だが、始めてからまだあまり日が経っていない事もあり、音圧が弱く狭い幅で音を纏めようとする傾向があった。


「雅人みたいにパワーがあればいいのに……」

「ひながムキムキになる必要はないと思うよ? 女性ドラマーは女性ドラマーの良さがあるし!」

「マキ◯マムのドラムも可愛い女の子だしね!」


 そこは審議を入れたい所だが、あのお方よりパワフルなドラムを叩ける男はそうはいないだろう。女性の中では力がある方だとは思うが、きっと工夫を凝らしてあの音圧になっているのは間違いない。


 あと一カ月でどこまで変わるかは分からない。だが少なくとも今以上の引き出しで新曲が出来る事になるだろう。俺はそれをどこまで引き出せるかを考えていけばいい。


 ただ、本当にそれでいいのだろうか?



「ねぇねぇ、木下さんライブするんでしょ?」

「するけど……」

「中嶋くんも別のバンドで出るみたいだし、行ってみたいのだけど?」

「チケットならまだ沢山あるよ? でもどうして急に?」

「文化祭の時に見て、もう一度見たいと思ってたんだけど三人ともちょっと距離あるっていうか……ライブの話を聞くまできっかけが無かったんだよね」


 確かに、うちのバンドで声をかけるなら俺かもしれない。加奈の勢いはある意味話しかけづらいし、ひなちゃんも何処か敷居の高い雰囲気を出している。そうなると平民の俺が消去法で一番声をかけやすいと言うのは納得出来る。


「チケット一応二千円なんだけど……」

「知ってるよ? 中嶋くんのバンドも結構有名なんでしょ? そのくらいはするよね!」

「もしかして、他にも行きたいと思っている人っているのかな?」

「分からないけど、知らないだけで文化祭を見た人の中には居ると思うよ?」

「確かに知る方法はないかもしれない」

「バンドのSNS作ったら? 言ってくれたらフォローとかするし他にも声かけて来るかも知れないよ」


 彼女の言う通り、ライブを行きたい人が知れないと言うのは問題だ。今時はホームページを作る必要も無くSNSなら自分たちでも簡単に作る事が出来る。話しかけづらいと思われているのかも知れないが、彼女達のオフショットを流せばもっと身近に感じてもらえるかもしれない。


 俺は早速加奈達にその事を伝え、やっている人が多いピンスタでアカウントを作ってみる事にした。

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