第43話 ギターヒーロー
菅野と話終えると、様子を見ていたかの様に加奈が話しかけてくる。
「まひる……菅野と何はなしとったんや?」
「チケット買ってくれるって言うから、買ってもらったんだよ」
「菅野が? アイツ何考えてんねやろ?」
「あー、センシティブな話だからどうしよっかな」
「うちらに秘密は無しやで?」
そうは言っても、加奈に話すのは考えてしまう。菅野自身、彼女に知られたく無くてきっと俺に話しかけて来たのだろうから、あっさりと伝えてしまうのには気が引ける。
「なぁなぁ、別に変なことせえへんから」
「本当に? 言ったらだめだよ?」
「女同士の約束や!」
「それって大丈夫なの?」
「なんでや?」
実際には身体以外は男なのだが、それはいいとして引き下がる気配がないから念を押して教えてあげる事にした。
「ほぇ〜、あの菅野がねぇ。まぁ、いい人そうでもあるしええんちゃうか?」
「絶対言ったらだめだよ?」
「分かってるって。今となってはうちもそんなにアイツの事嫌いやないしな!」
もっと冷やかすかと思っていたのだが、意外にもあっさり受け入れた。ただ、事故の原因にもなっていた事もあり、ヒロタカさんは彼女の事をどう思っているのだろうか?
そんな事を考えても仕方がないのだと思い、残りのチケットをどうするかを考える事にした。
今回のライブで一つ気になっている事がある。それはメインの【ドリッパーズ】と言う存在だ。スターラインについては強力な相手ではあるもののライブも見ているし、雅人が入った後もある程度は予想ができる。
だが、ライブハウスのスタッフとして見たドリッパーズの記憶は速弾き主体ではあったもののギターヒーローと呼ぶには大袈裟だと思っていた。
まぁ、自分自身がギターに厳しいと言うのもあるのだけど、それ以上にそう呼ばれる存在に憧れていたというのが大きい。
俺が思うギターヒーローはただ単純に上手いだけではだめだ。強いて言うなら、別にそこまで上手い必要も無く、ただ単純に名曲と呼ばれる様な曲の中でフレーズを先に思い出す様なそんな曲を量産し、尚且つボーカルより知られているギリギリを行き来している様なギタリストだ。
だからこそ、大学生で多少速弾きが目立つ程度のドリッパーズのギターをギターヒーローだと認めるつもりは無かった。
「最初がドリッパーズとか、運がいいのか悪いのかわからねぇな。ま、俺はドラマーだからいいけど」
「雅人は聞いたことあるの?」
「そりゃ、同ジャンルの新鋭だぜ? 多少は聞いているし、ドラムも勝てないとは思ってるよ」
「……ギターは?」
「何曲か動画もあるから見てみろよ? 今のまひるじゃまだ勝てないと思うけどな?」
その言葉にムッとする。名だたるギタリストならまだしも、大学生のポッと出のバンドでしかもあの程度のギタリストに、ある程度慣れて来た俺は正直負ける気はしない。
とはいえ、動画があるのなら一度見てやろうと思った。なんなら、そのギターの上を行くフレーズを今から作る事だって俺なら出来るはずだ。
……しかし、そんな気持ちで動画を開いた俺は有り得ない物を目にしてしまう。
あの時、こんな奴はいなかった。
上下に柄の服とパンツ纏い、まるでカートコバーンを思わせる白ブチのサングラス。エクスプローラをまるで自分の身体かの様に弾きこなす姿は、俺の心臓を貫いていた。
マジもんのギターヒーローじゃねぇか。なんでコイツはあの時いなかったんだよ。
メタルの技術を綺麗に今風の音に落とし込んでいる。見た目からは想像も出来ないほどの繊細なギターに、それを支えつつ挑戦的なドラムと全てをまとめ切るベースボーカル。この時期にこんなバンドが居たのか……。
経歴を見れば大学でバンドを結成し、たった一年で大きなフェスにも参加している。一年で出ていると言う事は、半年で既に日の目を浴びていたという事になる。
培って来た正確さと速さ以外は、すべにおいて負けているような気がして、少し上のフレーズを作ればいいのだと思った事を後悔した。
俺たちがドリッパーズに勝つ方法は……俺だけじゃなくて確実に全員でのレベルアップが必要だ。俺はすぐに家に帰ると作ろうとしていた曲を叩き直す事にした。
次の日、俺はまるで魂をすり減らしたように学校の机に溶けた。知っているありとあらゆるフレーズを思い出し、分解して再構築する。普段なら満足していた様なリフも、何かが足りないのではないかと気になって前に進む事が出来ない。
「まーちゃん、寝癖だらけだよ?」
「えっ……そう?」
「まるで悪い大人に弄ばれたかの様に乱れてるけど、何かあったの?」
普段ならツッコミを入れる様な、ひなちゃんの変な語彙力も気にする余裕がない。
「ちょっと曲を考えていて……」
「曲って、そんなに急がなくてもライブまではまだ一カ月あるし、私はともかくまーちゃんや加奈は文化祭の時より余裕があると思うけど?」
「余裕はないよ。昨日雅人にドリッパーズの動画を見る様に勧められて見て見たのだけど、彼らは既にプロだったんだよね」
「それは大学生だから仕方ないよ。きっと私達では体験していない様な酸いも甘いも経験しているだれうしね!」
それはそう……そう言えるのは、リアルに中学生をやっているひなちゃんだからだ。実際あのレベルでさえ二年後はまだ小さなライブハウスで活動しなくてはいけないレベルなのだとしたら、三年後みんなを食べさせていくという目標は、このままだととてつもなく遠い物になってしまうんだ。
「でも、まーちゃんがやりたいならもちろん私もやってみるよ?」
「なんやまひる。途中から聞いてだけど、ドリッパーズに勝つ気なんか?」
「出来ればそうしたいかなって」
「それやったら中途半端な事言わんと、次のライブで絶対倒したるって言ったれや!」
「加奈もそれでいいの?」
「丁度次の目標が欲しかったところや、うちもドリッパーズのベースボーカルを超えたろやないか!」
そう言うと加奈はまるで球児の様にニカッと笑う。あの不可能だと思っていた文化祭を初心者からオリジナルの完成まで持って行った彼女だからこそ、俺たちで出来るのではと思わせてくれていた。
その日から俺はバンド自体のレベルアップに向けて、彼女たちのやる気に応えられる様に出来る事を引っ張り出すことを決めた。
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