第41話 挨拶

 ヒロタカさんも緊張しているのか?

 これまで何度もライブをして来ているはずだ。流石にそういう時期は過ぎているのではと疑問が過ぎる。


「それにしても、ヒロタカくん以外は初めて見る顔だね?」

「すみません、田中さん。こいつが新しいドラムの雅人っす」

「よろしくお願いします……」


 ヒロタカさんの緊張が移ったのか雅人も新入部員みたいになっている。


「それで、この三人が……」

「うちらは『hung out paty』ですわ。以後お見知り置きを」

「いやいや、加奈! ヤクザじゃないんだから!」

「そうだよ。表向きは優しいおじさんなんだよ!」

「ひなも、裏があるみたいな言い方しないの! すみません……うちのメンバーが」


 田中さんと呼ばれる店長はまるで豆鉄砲を食らったかの様な顔……というのがしっくり来る表情になると、思い出したかの様に笑い出した。


「いやいや、その感じが自然なのだとしたら君たちは向いているよ」

「ほんまですか?」

「見た目も種類が違う美人揃いだし、ヒロタカ君からは実力もあると聞いているよ」

「ありがとうございます!」

「僕はここのオーナー兼店長の田中だ。経験は長い方だから気軽に相談してくれていい」


 幸か不幸か、緊張感は和らいだ様に感じる。だが俺はソファに座っている男が気になっていた。ライブハウスのスタッフにしては、まるで大御所のような雰囲気で出演予定のバンドマンにしては馴染みすぎている。それに先程から全く笑っていない。


 ヒロタカさんがチケットを受け取る間も、顎を触り何か不満気な表情を見せる。俺は少し見過ぎてしまったのか彼と一瞬目があってしまった。


「田中さん、スターラインはともかくそいつらも出す気なんですか?」

「一応、前座をして貰おうかと考えているよ?」

「ドリッパーズのレコ発なの分かってます?」


 ……は?

 ドリッパーズって、若手のバンドではあるが俺の記憶では大きなフェスなどにもでていてこの時点でかなり有名になっているはずだ。


「リクソンくん、もう彼らには神輿はいらんだろう。それよりも新しい世代に機会を与えていかないといけないと僕は思ってるよ」

「田中さんがそういうなら……ただ、最低限は必要だと俺は思いますよ?」


 そう言って、リクソンと呼ばれる男は不貞腐れたように事務所を出て行ってしまった。


「悪いね……彼は別に悪い奴ではないのだけど、ライブや音に対する意識がすごくてね。その分、仕事は完璧にこなすタイプだから今回のライブでPAを頼む予定なんだよ」


 あの感じで信頼されているのだから腕は確かなのだろう。だが、なんとなくぶつかるタイプの加奈と相性が悪い様な気がしてすこし不安になっていた。


「それよりヒロタカさん、ドリッパーズって……」

「名古屋を中心に活動している人気のラウドロックバンドっすよ。俺も見に行った事はあるんすけど、ギターヒーローって感じのバンドだったっす」


 ギターヒーロー。うちのライブハウスに来た時はそんな印象は全く無かった。どちらかと言えばドラムとベースボーカルの繊細な組立が印象的なバンドだった。


「彼等の意向でね、ギターのジュンがうちの一押しの若手としたいらしいんだ」

「それならスターラインはともかく、わたしらも出ていいんですか?」

「ヒロタカくんのオススメなので有れば、面白いかなと思ったのだけど……ダメだったかな?」


 この田中さんはどこまで考えているのかがまるで見えてこない。適当にも見えるし、意図があって挑戦している様な気もする。だが、ドリッパーズも中高生の青田刈りがしたいのか、ただ興味があるだけなのかがわからない。


「まぁ、君たちにとっては悪い話にはならないよ」


 その後俺はライブハウスにある機材を見せてもらう事にした。アンプはマーシャルにJC……スタンダードで使いやすいセットだ。ベースのアンプもアンペグの冷蔵庫とこちらも定番、しかし学校にあったアンプより迫力がある音になるだろうな。


「お前、さっきの……何やってんだ?」

「あ、えっと……リクソンさん?」

「機材が気になるならギターくらい持ってこいよ」

「すみません……」

「まぁ、いいけど。ところでお前がリーダーか?」

「そんな所ですかね?」


 リクソンさんはPAのブースに入ると、機材の点検を始めた。そうか、今日もライブがあるから準備を始めているのか。


「スターラインと仲良いんだろ?」

「はい、ドラムと一緒に文化祭にでたりもしてて」

「ふうん。あいつ、前のドラムより上手いのか?」

「一言で言えば上手いですよ?」

「具体的には?」

「リズムは安定してますし、細かいところをしっかり工夫して力強い……スターラインには合うと思いますね」

「そうか……」


 いやいや、「そうか」ってお前が聞いたんだろ。本当にこの人は凄腕なのだろうか?


「あのバンド、ドラムがクソだったからなぁ……マシになるならヒロタカも報われるかもな」


 クソってこの人口が悪すぎるだろ。すると、事務所から出て来たのかヒロタカさんが現れた。


「まひるちゃん……もしかしてリクソンさんと話てたんすか?」

「なんだヒロタカ。俺と話してたらマズい事でもあるのか?」

「いやいや。そういう訳じゃないんです。ただ……」

「ただ何だよ?」

「ちょっと心配で……」


 この時俺は確信した。ヒロタカさんが緊張していたのは田中さんにではなくリクソンさんの方だ。


「心配しなくても音聞くまでは俺は何も言わねーよ。中坊だからって偏見は持ってねぇ」

「いやいやそういう所が心配なんすよ……」

「ああん?」

「いや、なんでもないです」


 正直なところ困惑していた。このリクソンさんという男はガラが悪く俺の中にあるPAさんのイメージとかけ離れていたからだ。だが、ステージの配線の綺麗さやちゃんとメンテナンスをしている所をみると田中さんが言っていた事がなんとなく分かる気がした。


 他の仲間も事務所から出てくると、挨拶をしてライブハウスを出る。俺が出ようとしたとき意外にもリクソンさんが声をかけてきた。


「まひる」

「は、はい……」

「当日はいいライブ作ろうぜ?」

「も、もちろんです!」

「じゃあな!」


 もしかしたら本当はいい人なんじゃないだろうか。意外な彼のその一言でまるでそれまでの印象を上書きされる様に刻まれてしまった。

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