バンド活動
第40話 あれでよかったのか?
中学生というのは、多感な時期だ。
自分の夢に憧れを抱いては、本当にそれが正しかったのかと葛藤し生きている。例えばそれは、志望校だったり、恋愛だったり、スポーツやバンドに励む奴もいるだろう。
木下まひるという女の子になって、もうすぐ二ヶ月が過ぎようとしていた俺は、中学生の忙しさという物を懐かしみながら体感していた。
俺は上手くやれているのだろうか?
文化祭は結果的には成功したと言えるのかもしれないのだが、それでも課題はまだまだ沢山あった。結局雅人を加入させる事は出来なかったし、これからライブをしていくにはひなちゃんがドラムとしてやっていけるのかという課題もあるのだ……。
十一月に入ると温暖化で暑くなっているとはいえ、さすがに肌寒くなっていた。衣替えした長袖もようやく丁度いいと思えるくらいになる。そんな中、上着が邪魔なのか腰のあたりに結び、ブラウスを腕まくりしている女の子が目についた。
ガサツな格好ですら、スタイリッシュに見える手足が長いスタイルと整った顔。彼女は帰ってきた中間テストを眺め「ふぅ……」と一息ため息を吐いている。
「加奈もテストの点とか気になるんだ?」
「まぁ、これも自分との戦いやからなぁ」
体育会系な事もあり、テスト前に気合いで乗り越えると言っていた彼女は、予想より悪かったのだろう。その点俺はブランクが長いものの復習をしている気分で、授業も聞いていた事もあり平均点の320点はクリアしていた。
「悔しいなぁ、あと二問やったんに……」
ギリギリ赤点になってしまったのかと彼女のテストを覗く。
「は? 96点……100点狙ってたの?」
「当たり前やろ。気合いで覚えて点取れるのなんか社会くらいや」
「……そうなんだ」
俺は勝手に加奈の事を脳筋だとばかり思っていた。いや、脳筋ではあるのだが、脳筋イコール頭が悪いという固定概念を気合いで凌駕していた。
他のテストも別に悪くない。それどころか、英語と理科に関しては80点を超えている。
「理科は球速上げる為には必要やし、英語は覚えとかなメジャーでプレイする時大変やろ」
そんな理由で勉強をしているのは、中田英寿か彼女くらいのものだろう。平均点ギリギリで及第点だと思っていた自分が恥ずかしくなってくる。
恐る恐るひなちゃんの答案に目を向けると、チラリと100点の文字が見えそれ以上はみないようにした。もしかして、まひるちゃんも結構勉強できる方だったんじゃ……。
期末テストはもっとしっかり対策をしておこうと心に決め、俺は自分の机の上に溶けた。
文化祭が終わってからというもの、テスト期間もあり俺たちはどこかバンドに対して気が抜けている様に感じる。音楽室が使えなくなり、まともに音を出す為にはスタジオを借りなければならない。中学生にとっては、かなり大きな出費となってしまう事が一つの原因でもあった。
「今週もうちの家で合わすか?」
「そうだね、新曲のアレンジもそろそろしてしまわないといけないしね」
音が出せない分、想像力を膨らませて合わせるしか無い。練習が必要なひなちゃんに至っては雅人に教えてもらう日以外ドラムセットで合わせる事も難しい。
モチベーションはあるのに、日々の忙しさや金銭的な問題で燻っていく。スターラインとのライブを控えている中、じわじわと締め殺されていく感覚に俺は焦り始めていた。
そんな中、俺たちは雅人とヒロタカさんに連れられライブハウスに顔を出す事になっていた。
「……早いな、ってか制服かよ?」
「そのまま来たんやからしゃーないやろ?」
スターラインとのライブは、文化祭の後直ぐに話があった。だが、彼ら自身もドラムのメンバーチェンジがあった事で次のライブを決めるまでの間、連絡を待っている状態だった。
やっとライブハウスで出来る!
彼らから話が来た時から考えていた。本来ならライブハウスで働いていた俺は出演するための方法は知っている。しかしあえてこの時を待っていたのには理由があった。
世の中には実力があっても売れないバンドはいくらでも居る。その大きな理由ら負のスパイラルにハマってしまっている事だ。そのスパイラルに入らない為にもファーストライブはかなり鍵になる。
たとえ自分達のバンドがいいと思ってもらえたとしても、イベント自体が面白く無ければ次に来てもらうハードルが上がる。
つまりはライブや機材にお金を掛けられない状態で誘った人がいたとする。その中でメジャーバンドも含めての一番のバンドにならなくてはいけない。それも三十分そこそこのライブにだ。
仮に自分が一番好きなバンドが出るイベントがあったとして、他が聞き流す事も出来ないライブなら次の機会にしようと思った事はないだろうか。それが積み重なっていくと、客が入れられないバンドになり知名度を上げる機会も無くなってしまう。
本当に実力が有れば……と思うかもしれない。確かに名のあるオーガナイザーの目に止まったり、今なら動画などで知名度を上げるという手もあるのだが、それはまた別のスキルや資金が必要になってくるのだ。
だからこそ、ファーストライブの印象は今後のバンドを左右すると言っても過言ではない訳だ。
「木下、なにぼうっとしてんだよ?」
「もしかして緊張してんすか? でも最初はそうっすよねー」
出演するハコの『ソドム』は地方とはいえ日本で三番目の都市のど真ん中にある。裏路地に一本入ってはいるものの、有名なインディーズバンドもよく出演している老舗のライブハウスだ。
まさか、ここでやるとはな。東京でも時々聞いていたこともあり、改めて元の俺がいた世界と繋がっているのだと感じていた。
地下の階段を降りていくと細い道の先に、防音の為の扉がある。さらにそこを抜けるとバーカウンターが隅にある小さめのホールが広がっていた。
「こないだ行ったのとはまた違う雰囲気のライブハウスやなぁ……」
ヒロタカさんは、ホールに人がいないのを確認すると事務所の扉をノックした。
「すみません、スターラインです!」
「おお、来たか入ってくれー!」
中にはいると50前後の味のある店長と、ニット帽を被りソファーで足を組んだお兄さんがいた。
「よろしくお願いします!」
まるで切り替えたかの様に声を張ったヒロタカさんの挨拶に合わせる様に俺たちも挨拶をする。涼しくなっていた季節のはずが、彼の背中は汗でTシャツがくっついているのが分かった。
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