第39話 次のステップへ
文化祭が終わると、急に日常に戻って来た気分だった。非日常というにはあり得ない位の一体感、全てが上手く噛み合った様にすら感じる。
ただ、少しだけ変わった様な気はしていた。
「文化祭も終わってもうたなぁ……余韻か抜けへんわぁ」
「そうだねー」
「それにしても熱いライブやった」
「すっごく濡れたよね!」
「うーん、汗でね! 主語はちゃんと言おうね!」
あの日を堺に、三人は以前より仲良くなったきがする。ひなちゃんの誤解が解けたというのもあるのだけど、それだけではないのだろう。
「あの後、雅人くん骨折れてたんだって」
「ほんま、ええ奴やったなぁ……」
「お前らな、俺は別に死んで無いからな?」
「雅人!?」
「何驚いてんだよ。別に骨折って言っても入院する程じゃねぇし、学校には居るからな?」
それもそうだ。バンドは辞めてしまったものの、同級生である事には変わらない。ただ、ヒロタカさんのバンドで活動する様になるだけだ。
「だけど山本、良かったのか?」
「ん? なにがや?」
「菅野の事、投票で勝ったんだしさ」
「もう別にええねん、アイツはちゃんと勝負してうちは勝った。それ以上の気持ちはあらへん」
「まぁ、山本がいいならいいけどさ」
あの後の投票で勝つ事は出来た。だか、泣きそうな菅野に加奈は「お疲れ、楽しめたわ」とだけいうとそれ以上は何も言わなかった。彼女らしいと言えば彼女らしい。本当は、菅野に何かさせたかったわけでは無いのだろう。
「それよりヒロタカさん、なんで勝手に帰ったんや? 忙しかったんか?」
「ああ……その事なら、そこのボケーっとしている奴が原因だよ」
「まーちゃんの事好みって言ってたもんね。きっとライブ見てたっちゃったんじゃ無い?」
「席を……だな? まぁ、ヒロさんが木下みたいなのが好みなのは本当だろうけど、あの日のソイツは化け物じみた存在感だったから、マジで凹んでいるみたいでさ!」
そうだったのか。てっきり雅人の件やらで責任を感じていたのかと思っていた。
「それでさ、俺からちょっと提案なんだけど……」
雅人はA4の紙を取り出してみせて言った。
「スターラインとライブやらないか?」
「はい?」
「次の活動、決まって無いんだろ?」
「それはそうだけど……」
「今回の文化祭みて、ライブに行きたい奴も結構居ると思うんだよ。だから熱が冷めないうちにと思ってさ!」
確かに雅人の言う事には一理ある。
だけど、三人体制で雅人が入ったスターラインとやるにはそれなりの準備が必要だ。
「小山も様になってたしな!」
「私まだ、あの曲しか叩けないよ?」
「ちょっとまてやひな。あの時雅人が来んかったらどないする気やってん?」
「まぁ、どうにかなるかなって……」
「見かけによらず無茶苦茶やな」
ひなちゃんのドラムは悪くないと思っていた。彼女はエレクトーンをしていた事もあり、ドラムのパターンや、足を使う事に順応出来たのだろう。それでもあの短期間でやるには相当な努力は必要だ。
「その辺に関しては今後も時間ある時は教えようかと思っている。飲み込みも早いし、今のレベルなら週一とかでも充分だろうしな」
「雅人に相談できるのはかなりありがたいよね」
「俺もまだまた成長するつもりだし、教えるのも考え直す練習になるんだよ」
俺たちは、まひるちゃんの為にも三年後までにプロにならなくてはいけない。精力的に活動していてさらにはインディーズで人気がでるバンドと出来るのはきっとチャンスなのだろう。
「それはええねんけど、雅人はそれまでに叩ける様になるんか?」
「予定では……まぁ、大丈夫だろう」
「それならええねんけど」
「だとしたら曲を沢山産まないといけないよね。大体何曲位あればいいの?」
「通常三十分位のライブなら五.六曲って所だな、そのあたりを基準にすればいいだろう」
「ほな、それで決まりやな! ライブまでに完成させたろやないか!」
そういうと、加奈とひなちゃんがこちらを見ている。そうだよな、曲を作るのは俺になるよなぁ。だけど、やる気に満ちている。十曲や二十曲位ならガンガン作れそうな気分だ。
そして俺たちは、三人体制での新しい一歩を踏み出す事となった。
★★★
「はっ、俺のギター……」
ベッドから起き上がると、ギタースタンドに立てかけられているムスタングギターがあるのを見て安心する。時々俺はこの身体になった時の夢を見た。
「まひる、そろそろ起きないと学校に遅れるわよ」
「はーい!」
けれども一カ月が経ち、この生活にも慣れて来た事で違和感はなくなっていた。鏡を見ると見慣れた女の子が映り込んでいる。
そう、今の俺の姿だ。
柔らかい髪をとかし、寝癖を直す。気のせいか身だしなみを大分気にする様になったと思う。今では着替える際にパンツをみてもドキドキするどころか、へんなシミが無いか確認してしまう位だ。
顔を洗い、化粧水をつける。流石にまだ毎日メイクをするという事はないが、歯を磨きながら日常的にはどの位からして行こうかとは考えている。
だが、そんな女子中学生に染まり始めているものの、今はそんな事は全く気にしていない。別にオッさんの姿だからとか、ガサツな生活をしているから俺なわけじゃ無い。
言うなれば、たとえ元の身体だったとしてサラリーマンになればスーツを着るだろうし、工場で働いたなら作業着を着る。格好はおまけみたいなもので、夢中になれる瞬間がきっと俺を俺だど感じる時なのだ。
たまたま俺が積み重ねて来たのが音楽だっただけなのかもしれないけど、ステージでギターを弾いている瞬間、音楽を人にぶつけられている時に俺自身があるのだとしたら、それが存在しているって事なんじゃ無いだろうか?
唯識論とまではいかないものの、そんな風に考えるようになっていた。
「なぁ、まひる。新曲どないすんねん?」
「加奈も何か考えてよ!」
「ほな、ええ感じの曲やな!」
「いやいやそれは考えてないでしょ!」
「ひなはどないやねん?」
「うーん、濡れる曲かな?」
「えっと、汗でね?」
「汗でいいの?」
「ひなさん、今日は踏み込んで来ますね?」
「汗ちゃうかったらそれ漏らしとるからな?」
こうして、俺たちの日常は続いていく。
きっと、三年後にどうなってしまったとしても俺は後悔せず、『頑張ったよ!』って胸を張ってまひるちゃんに伝えることができる様に……。
★★★★★
こちらで一章完結です。
短い間でしたが、応援ありがとうございます!
リメイク前の作品を知っている人は、驚いたかもしれません。ですが、初めて書いた時から色々の学び、それぞれのキャラの解像度は自分の中で大きく膨らんだと思っています。
(リメイク前の方がいいとは言わないで(>_<))
引き続き二章も制作を進めていますので、近いうちに公開いたしますのでしばらくお待ち下さい!
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