第38話 文化祭本番

 こんなに人の入っているライブは何年ぶりだろうか? スプライトのライブを見て興奮しているのかまだまだ余韻に浸っている様な話声が聞こえる。


 幕が上がり切ると、カウントが入り曲が始まった。雅人とは違い音圧は弱くパワフルな感じはしない。だが、つたないながらも大分練習していたというのがわかる。フィルインはあまり慣れていないものの三点が地に着いた様な正確なドラムは、また違った魅力があるように思えた。


 俺はピアノが無かったバージョンでのギターへと切り替え、さらに手数を増やす。だが、みんな知っているはずの『青と夏』なのに、会場は一気に静まり帰っていた。


 なんで?

 ひなちゃんの演奏はそれほど悪くはないはずだが、菅野達のパフォーマンスからしたら見劣りするのだろうか。


 正直……ここまでか。

 それにしても、このバンド問題が多すぎるだろ。

 加奈の奴は初心者の癖に一カ月で弾ける気でいるし、ひなちゃんはこっそりドラムを練習する為にバンドをかき乱すし、唯一まともだった雅人は最後の最後に怪我って……運がないにも程があるだろ。


 ひなちゃんのリズムが微かに揺れる。

 そりゃそうだ、初めて合わすのに他の音に影響を受けないはずがない。


 それに加奈、お前もアクセントが強すぎだ。こういう時はドラムの音を聞け。ひなちゃんはそんなにスネアでアクセント出してないだろ!


 ……までよ。出していないんじゃ無くて出せていないのか? 足元だけはやたらと安定しているからそういうアプローチかと思ったが、彼女はこの時合わせるのが初めてでそんな事してくるわけがない。


 スネアさえ安定してくれば結構纏まってくるんじゃないのか?


 加奈はチラチラとアイコンタクトをとる。

「うちらが引っ張らなあかんやろ」とでも言っている様な視線は俺の精神を落ち着かせた。


 加奈なりにコントロールしようとしているのか。だが、こういう時の修正の仕方はそうじゃない。


 俺は歌に入りブレそうなツインボーカルを整えながら再びスネアが入る場所に備える。三泊目、スネアが弱く聞こえたりブレたりするのは叩くのが弱いだけが理由なのでは無く走り気味のリズムに合わせようとしているからだ。


 ならばこの場合は落ち着かせる様に、リズムを走らない様に引っ張る!


 それまで不安定だったリズムが安定し、スネアもしっかりとキマる様に変わる。


 だが、それなのに反応が……だが、俺たちは出来る事をやって行くしかない、そう思いサビに入った瞬間……。



 ワアアアアアアッ!


 それまでの事が嘘の様に歓声が沸いた。

 固まっていた様に見えた観客が一気に前に押し寄せてくる!


 緩急を越えれば超えるほどに、まるでみんながそれぞれの感情を爆発させる様にどんどん一体感を増していく。


 最後のフレーズになる頃にはステージの段差の所まで人が集まり笑顔で俺たちを見ているのがわかった。


「こんにちは!」

「今日のお客さんはよう盛り上がってんなぁ!」

「いや、加奈今日が初めてだよ?」

「せやったせやった……ほなバンド名発表しよか!」


 加奈の声に応える様に、声援が飛び交う。


「せーのっ『hung out paty』でーす!」


 絶頂を迎えたタイミングで、まるでタイミングを見ていたかの様に舞台の袖からマイクを持った大きな影が現れた。


「待たせたな!」

「いやいや、それよりなんやその包帯、満身創痍でボロボロすぎるやん!」


 なんでBIGBOSSなんだよというツッコミはさておき、包帯だらけの右腕を押さえた雅人が現れる。


「いや、凄く痛そうだけど叩けるの?」

「これだけ歓声があれば問題ない、任せておけ!」


 アドレナリンでハイになっているのか、それすらも演出に見えてしまうほどだ。


 カバー曲の『渚』はピアノを意識したアレンジだった事もあり、ひなちゃんはスティックを雅人に渡すとピアノの方に向かった。


 すると加奈が場を繋ぐ様に客席に叫ぶ。


「ほな、本領発揮でいきましょか!」


 本来なら、他の曲と振り付けを決めたキレのあるパンクロックチューンにする予定だった。けれども違った一面を見せたいという、ひなちゃんの言葉からこの曲はピアノとジャズテイストを入れたドラムを生かした繊細なアレンジに変える事となった。


 もちろん俺も、歪みのないクリーントーンでピコピコやるのは嫌いじゃない。


 きっとこれは、雅人が抜けたあとは二度と出来ない曲になるだろう。


 チラリと視線を向けると照明に加奈の汗が光る。結果なんてどうでもいい位に、みんなが笑顔になっているのが嬉しかった。


 そのままオリジナル曲にはいり、一気に空気を変える。大きな動きを入れた振り付けや煽りは、見ているひとに伝染していくと会場がありえないほどの熱気に包まれていた。


 なんだかんだいっても、結局支えられていたのは俺の方だったんだな。


 ねぇ、まひるちゃん。

 俺はこれでよかったんだよな?


 三年後もし、俺の魂が消えてなくなってしまうのだとしても後悔しない自信はあるぜ?


 そこで世界が終わったのだとしても……。


 最後のコードのサスティーンが響く。鳴り止まない歓声は俺たちがステージの裏に戻った後も続いていた。


「なぁ、これってアンコールってやつちゃうん?」

「そんな事言っても私らもう曲ないよ?」

「でもなぁ……」

「もう一度同じ曲やるって方法もあるけどな、青と夏は四人ではやってないだろ?」


 もう一度……確かに、それもいいかもしれない。けれども俺はもっとこの瞬間を残せるような曲が出来ないかと考えていた。


「加奈……わたしが弾くコード見ておいて、雅人とひなは合わせて入ってくれたらいい」

「いやいや木下いきなりやった事ない曲やる気かよ……」

「大丈夫、気持ちで弾く曲だから」


 そう言って俺はステージに戻るとアンプのボリュームとイコライザーを全てフルにする。空間が歪みそうなほどの音量にクラクラしながらも、俺はマイクの前に立ち、トーンを下げて歪みを弱めるとフレーズを弾き始めた。


 一体何を始めるのかわからないと言った会場。加奈や雅人も戸惑っているのがわかる。


「それじゃあ、本当に最後の曲……」


『夜王子と月の姫』


 流石は雅人。もしかしたら曲を知っていたのかもしれない。加奈もどうにかコードを追って付いて来ている。ひなちゃんも被せる様に合わせていた。


 ただ、叫びたかった。

 もう少しだけ続けていたかった。


 三人が支えてくれていた事に今さっきまで気づけなかった俺は、ありのままの俺自身で答えたいと思った。


 この不安定で、先も見えない様な世の中。

 他人が考えている事なんて、中に入ったとしても分かるはずはない。でもこの瞬間だけはきっとみんな同じ気持ちになれている。


 加奈は暴走して

 ひなちゃんはスパイスを加えて

 雅人が苦悩して


 なら……俺は?


 テクニックとか、積み上げて来た時間なんかはとっくに血肉となっている。あとは俺が本気で今この場所での全ての感情を出し切る事で。俺の音楽はここにありますって、胸を張って言う事ができると思えた。


 そして……その最高の時間は、あっという間に幕を閉じた。

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