第37話 故意か事故か

「木下ーっ!」


 その瞬間、俺は突き飛ばされ尻もちをついた。


「イタタタ……」



「おい雅人! 待ってろ、持ち上げるから」

「わ、わ、私は……」


 菅野は立ったまま震えて今にも泣きそうな顔をしている。だが、周りを見ても雅人がいない。視線を落とすと大きな手が、オーナメントの下からチラリと腕が見えていた。


「えっ、雅人?」


 加奈とヒロタカさんが、必死に持ち上げると、雅人は腕を押さえながらも自力で抜け出したのが分かった。


「お前それ……救急車呼んでやるから」

「ヒロタカさん、大丈夫です」

「だけど、血が出てんだろ」

「一旦保健室で手当してもらって……うっ……」

「肘か、手首か?」

「大丈夫ですってこれくらい。俺は見た目通り丈夫な方なんで」

「そういうなら……分かった。とりあえず俺が連れていく」


 ヒロタカさんも口調が変わるくらい動揺しているのだろう。しかし、冷静さを取り戻す様に雅人の肩を支え立ち上がると、加奈は菅野に詰め寄った。


「菅野……アンタそこまでして勝ちたいんか!」

「わ、わざとじゃない……」

「そんなん信用できるかいな」


 すると、少し怒っている様に語気を強めるヒロタカさんの声がした。


「加奈ちゃん、これは事故だ。責めたいのはわかるけど彼女を責めたらいけない。雅人は俺が連れて行くから、君たちはライブを考えて最善を尽くせ」

「……わかりました」


 加奈も我に帰ったのか怒りを抑えているのがわかる。そんな中、ひなちゃんが雅人の荷物を大事そうに抱えていた。


「みんな、なるべく間に合う様に戻るつもりだ。だけどもし、間に合わなかったら……小山、頼んだぞ?」

「……」


 なんでひなちゃん?

 もしかして、ドラムパターンを、エレクトーンで弾くって事か? いや、リハーサルは終わっているし、使えるエレクトーンは学校には無いはずだ。


 ライブの準備までは後十分も無い。オーナメントは菅野と運営の人に任せる事にして、とりあえず俺たちは体育館へと向かった。


「とりあえず来てみたけど、雅人おらんのにどうすんねん……」

「……最悪、わたしが弾き語りで繋ぐよ」

「繋ぐって、戻って来ても雅人が叩けるかわからへんねんで……」


 ひなちゃんは体育館のスタッフの生徒に事情を話に行っていた。最悪、俺たちはライブをキャンセルする事になるだろう。


「クソッ、事故やって言われても納得できるわけないやろ……」


 すると、俺たちのスマートフォンがなった。


雅人『すまん、間に合いそうにない』


 そのすぐ後で、ひなちゃんに電話がかかってきているのが分かると、かのはただうんうんと返事をして頷いている。


「間に合わへんって、どうしたらええねん」


 加奈の怒りが絶頂を迎える中、菅野がこちらに歩いて来ているのがわかる。今来られて謝られた所で、加奈の矛先が向くだけだ。


「なんしに来てん?」

「本当にすまない……ただ、私は正々堂々と勝負するつもりだったし、わざとじゃなかったのは分かって欲しい」

「今更もうええわ。どっちにしてもうちらはもう、ライブは出来へんねん」

「私たちと順番を変えたなら、間に合う可能性は出来るだろうか?」


 確かに、結局は俺たちは出る事が出来ないなら菅野達が終わってから出れる様にしておくのがいいとは思う。


「一応スプライトの後にに用意はしてくれる事になったよ」

「ひな、交渉してたの?」

「出来る事はやる!」

「えっと……今回は普通だった!」


 出演順を変えてもらう事で、ライブができる可能性を残す事は出来た。だが、それでも雅人が間に合うかはまだわからないのだと、返事がくる。


「ひな……ありがとうな」

「まだヤレると決まったわけじゃないよ」

「まぁ、そうなんやけど。意外とうちらの事、考えててんな……なんで不思議そうな顔してんねん」

「??」

「ほんまは、うちアンタの事あんまり好きやなかってん……」

「なんとなくは気づいてたよ」

「何考えてるかわからんし、それやのに曲は簡単そうに弾きよるし、ボケはツッコミづらいし……」

「ちょっと加奈、そこまで言わなくても!」

「それに、雅人と付き合ってんのもいっこうに言うてこおへんしな……別にええねんけど」


 余程追い詰められているのか、加奈は思いの丈を全て言ってしまった。スプライトのライブが始まり、会場に歓声が響いているのがわかる。


「ちょっと待って? 私は雅人くんと付き合ってないのだけど?」

「は? もうええやろ。知ってんねんで」

「雅人くんが言ってたの?」

「別に雅人は言ってへんけど……一緒に帰ったり、休みの日に会ったりしてるのみてるし……」

「ああ……」

「ああって。別に冷やかしたりするつもりないねんけどなぁ……」


 すると、ひなちゃんは持って来ていた雅人の鞄を開けて何かを取り出そうとしている。


「流石に彼氏のでもプライバシーはあるやろ! そういうとこやで!」

「違う。コレだよ?」


 そう言ってスティックを取り出して、加奈をみつめている。


「私が好きなのはまーちゃん。雅人のまーちゃんじゃないよ。雅人くんと居た理由はコレ、ドラムを教えてもらってたんだよ」

「は?」

「だから、ドラムをね……だって、雅人くんいなくなるし、その後も続けたかったから」

「ひな……ドラム出来るんか?」

「雅人君みたいには叩けないけど、だから間に合わなくてもやるよ?」


 全てが繋がった、それで雅人はひなちゃんに頼むと言っていたのか……。


「だから、準備しよ?」

「ひ、ひな。うわあああん」

「はい、ストップ。歌えなくなるから泣かないの」

「うちはなかへん……」

「うん」

「せやけど、ひなの事めっちゃ好きになった!」

「うんうん。私も好きだよ、大股ひらいてショートパンツの隙間からパンツ見える所とか!」

「ひなは、やっぱりそうなのね!」


 スプライトのライブが終わり、ステージの上にはリハーサルどおり楽器と機材が用意されていく。けれどもドラムセットに雅人は居ない。代わりにスティックを持ったひなが向かいゆっくりと座り音をだした。


 教えてもらっていたとはいえ、初めてからは加奈と対して変わらない位だ。ピアノも一緒に練習していた事を考えると、合わせる事ができるのかもわからない。けれども俺たちはやるしかないんだ。


 ステージの幕が上がると同時に、沢山の人が入っているのが見え、俺はゆっくりとギターのボリュームをあげた。

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