第36話 焼きそばとフランクフルト
文化祭には、卒業したOBや家族も見に来る。それもあってか出店や出し物に人集まって来ていた。
「美味い焼きそばどうでっかー?」
「ソース効いてるよー」
「挟んでもいれても自由!」
「焼きそばパンに出来るって話ね!」
すると、見覚えのある人が歩いて来る。スターラインのヒロタカさんだ。
「お、やってるっすね!」
「ヒロタカさんも一つ買ってな!」
「焼きそばはかたいっすね」
「ヒロタカさんは柔らかいんですか?」
「えっと、何の話っすか?」
彼は一つ焼きそばを頼むと、席に座った。
「見に来てくれたんですね!」
「雅人も居るし、一度みておきたかったんすよ」
「入れるって事はここの出身なのですか?」
「そうっすよ。というか、三人ともTシャツのクセがすごいすね……」
ライブの時とは違い、ストリート感のある格好をしている。少し可愛らしい感じの顔は一定層にはかなり刺さりそうな雰囲気だ。
「雅人は何屋なんすか?」
「フランクフルトらしいです」
「それも美味そうだし、後でよってみるっすね」
「雅人くんのフランクフルトです」
「その言い方! やっぱりやめようかな……」
すると背後から大きな気配が近づいてくる。
「小山……それは営業妨害だ」
「うわっ、フランクフルトがきたっすよ!」
「ちょっと、ヒロタカさんもやめてください!」
みんなの笑い声が廊下に響く。だが、ヒロタカさんは少し距離を置いた様に微笑んで言う。
「ほんの数年前なのに、懐かしいっすね……」
きっと彼も、文化祭に出ていたのだろう。俺が通っていた中学校の雰囲気とは違ったものの、この瞬間にしか無い様な感覚がある。
「せっかくだから後で写真撮らないっすか? 俺の時はライブの事で頭がいっぱいで自分たちで撮った写真がほとんどないんすよね」
「ほんまや、うちらも撮ってへんやん!」
「このメンバーでは最後だからね」
「なんか……悪いっすね」
「いやいや、元々そういう話で雅人にはサポートしてもらってるんで気にしないで下さい!」
思い出したかの様に、ひなちゃんがスマホで写真を撮り始める。ライブ衣装に着替えた後でオーナメントの前で待ち合わせをすると、ヒロタカさんは色々と回って来るとの事で一旦別れる事となった。
何気なく言ったものの、雅人とのライブは今日の一度しかない。今後またサポートとしてやってくれる事はあるのかも知れないが、その頃にはまた今とは違った状況での話だろう。
正直、これからの結果次第で『hung out paty』を続けていけるのかも怪しい状況だ。
これまで何度かバンドの終わりは経験して来たが、一回の勝負で全てを賭けるようなライブは初めてだ……。
焼きそばの売れ行きは好調、昨日宣伝していたこともあり声をかけてくれる人もいる。ずっと続けていきたい気持ちは加奈やひなちゃんも同じなのだろうか?
「注文一旦ストップでー!」
「よっしゃ、完売や!」
「完売っていうか、用意が足りなかっただけなんじゃないの??」
「なんや、まひるは飲食業っちゅうのを分かってへんなぁ。うちらは利益率を抑えて売ってんねん、残ってもうたらそれだけで赤字や」
「文化祭で利益出す気なの?」
「あったりまえやんけ、商売やで? 追加も頼めるみたいやし、とりあえず損益分岐はクリアや!」
流石は天下の台所出身というか、商売に関してはやたらと頭がいいんだよな……。
「うちらもそろそろ準備あるし、ちょうどええんちゃうか?」
「そうだね、衣装に着替えて待ち合わせ場所にいこう!」
服を着替える。もちろん、スターラインのライブで着て行った格好を衣装と呼んでいるだけだ。俺は母親に貰ったメイク道具でメイクも済ませる。せっかくなのでひなちゃんとかなもメイクする事にした。
「加奈……メイク映えしすぎだよ」
「ほんまか? いうてひなも結構ええ感じやとおもうで?」
「これで沢山侍らせられるかな?」
「えっと……何を?」
「なにを」
アウトー! 本当に無意識なんだろうな?
いつも通りギリギリのラインを攻めて来るひなちゃんは、天然では無いのだと思い始めていた。
入り口に向かうと、すでに着替えた雅人とヒロタカさんが待っているのが見えた。
「おー、気合い入ってるっすね!」
「お前らメイクまでして来たのかよ」
「出来る事は全部やっとかんとあかんからなぁ」
「みんなキャラ立ちしてていいっすね」
「キャラ? そんなもん立ってるか?」
「その見た目はギャップが凄いっすよ? 対して見た目そのままのお嬢さんに……ギター上手い子?」
「なでしこジャパンのネタみたいになっとるやんけ! まひるはもっと有るやろ!」
「しいて言うなら、俺の好みっすかね?」
「知らんがな!」
一瞬悪寒が走るものの、上手いフォローだなと感心していた。俺たちはヒロタカさんに誘導されるがままオーナメントの前で写真をとる。
「いいっすよー、そのまま笑顔! 次はちょっとロックに行ってみるっす!」
彼に乗せられ、宣材写真集になりそうな位に撮影がすすむ。すると、聞き覚えのある声が歩いてきた。
「もっと緊張しているかと思ってたけど、余裕があるみたいね?」
「写真くらい別にええやろ」
急な殺伐とした雰囲気に、ヒロタカさんがキョトンとしている。
「その子だれっすか?」
「言ってたダンスの……」
「ああ、なるほどっすね!」
そう言うと彼は菅野に近づいていく。
「折角同じステージに立つのに勿体ないっすよ?」
「部外者は黙っててくれる……」
だが、菅野がそう言ったあと赤くなっていくのが分かった。
「お、お兄さんメガネ取って貰っていい?」
「これっすか? 別に伊達メガネだからいいっすけど……」
すると、俺が予想していた五倍はイケメンの姿が現れた。メガネしない方が売れるんじゃないのか?
「ちょっとぉ……」
そう言うとさらに顔は紅潮し、表情も緩む。
まさか、菅野の奴ヒロタカさんに……。
「キミはその方が可愛いっすよ?」
「もう、ヤダっ!!」
行き場の無い感情からか、彼女はオーナメントをバシバシと叩き後ろを向いた。
バキッ……
その瞬間、二メートル以上ある木製のオーナメントが俺の方にゆっくりと倒れて来るのが分かった。
ヤベェ……俺、死んだかも?
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