第35話 リハーサル

 俺は菅野達の事を甘く見ていた。

 もちろん、油断するつもりはない。今までダンスのパフォーマンスはいくつも見て来たのだが、お金を貰い活動している人達と遜色無いクオリティかつ目新しさまで感じる程だった。


「うちらはあれに勝てんのか?」


 組織票さえ無ければ勝てると思っていた事が恥ずかしくなる程に、彼女達の熱意みたいな物が感じられる。


「お前ら二人も充分いいと思うけど、歌のアレンジは俺たち以上に考えられているな」


 コーラスの入れ方、ツインボーカルの使い方や曲に対しての表現は確実に負けている。売り出すなら実力派ダンスユニットというフレーズがピッタリと当てはまるスタイルだ。


「どうしてそんなに自信なくしてるの? 菅野さんが上手いのは元々知ってたし、だからあれだけ厳しい練習をして来たんじゃないの?」

「そ、そうだよ!」

「ひなのいう通りやな、菅野とは形式もジャンルもちゃう。うちらはうちらの土俵で戦おか」


 今更意識したって仕方がないのは間違いない。上手い所ばかりが目についてしまうが、彼女達は生音では無いというアドバンテージがある。


「つぎ、もうすぐ転換だから準備してください」


 加奈は強気な発言をしていたものの、相当プレッシャーを感じてしまった様だ。その証拠に珍しく彼女は周りをキョロキョロと見て落ち着かない感じが全面に出ていた。


「加奈、大丈夫?」

「なにゆうてんねん、うちはピッチャーやで?」

「ピッチャービビってんの?」

「あほか、ビビってへんわ。三振三つでスリーアウト決めて来たる!」


 そう言って顔を叩いた加奈は、まるでクリンナップでも相手にしに行く様な顔でステージに向かった。


 会場を運営する生徒と機材を運び位置を決める。唯一安心出来るのは音楽室にあったアンプをそのまま持って来ている事だ。年季の入ったマーシャルのアンプだが、大分馴染んできている。


 セッティングを終え、マイクスタンドの位置を調整する。入れ替わりがある事もあり、加奈は少し低めに、逆に俺は少し高めにセッティングする。


 ギターのボリュームを上げると心地よく歪んだ音が体育館中に広がっていくのがわかった。


「加奈、ボリュームをあと一メモリ上げて?」

「これでええんか? ちょっと大きいんとちゃう?」

「体育館は広いから大音量でいこう!」


 ひなちゃんも、グランドピアノにマイクを立てた事で普段より大きく響いているのがわかった。


 ただ……ステージが広く、みんなとの距離が遠い。練習の時からもう少し離れた形もやっておくべきだった。


 一人一人音を出していく。加奈のベースが普段よりビリついていて、力が入っているのがわかる。彼女だけじゃ無い、実際ひなちゃん以外は少なからず変化があるのが分かる。


 だが、ステージはそういう物だ。本番になればプロであっても多少は走ったり力んだりはする。それがまた一体感へとつながっていくんだ。


 雅人のカウントがはいり、曲を始める。体育館の端では、菅野達がストレッチをしながら見ているのが分かる。正直、加奈が緊張しすぎて演奏は形にはなってはいるがボロボロだ。


 ギリギリリハーサルで確かめたかった事は出来たとは思うが、決して満足いく結果では無かった。


 ステージに向かう時とは違い、まるでホームランでも打たれたかの様に肩を落とす加奈。雅人やひなちゃんも満足していないのがその表情から明白だった。


「うちはあかんかもしれん……」

「本番で修正して行こう」


 もっとシンプルにしておくべきだった。もう少し振り付けを減らしても良かったんじゃないか……それぞれがどんどん出来ていく事で限界まで詰め込んでしまった俺の責任だ。


 菅野達の隣を通り過ぎようとすると、彼女は一言口にした。


「私達は負けないから」


 鋭い眼光で睨む彼女に、積み重ねてきた自信の様なものを感じる。やはり俺たちには時間が足りなかったのだろう。


 俺は、何も言わずに体育館をでた。


「まぁ、気にするなよ。慣れない環境であれだけ出来れば充分だ」

「初めては痛い物だよ。何度かしていくうちに気持ちよくなっていく物だからね、まーちゃん」


 ステージの話だよね? ね?


「試合は一回しかあらへん。うちの気合いがたらんかったんや、次は自分に負けへんようにする」


 加奈はそう呟くと、思い詰めた顔のままどこかへ行ってしまった。


 自分たちが出来なかった事より、菅野達が完璧とも言える様なパフォーマンスを見せた事が重くのしかかって来る。普通のライブならまだ直ぐに立ち直る事ができたのかも知れない。


 こうして俺たちは、本番の日を迎える事となった。



★★★



 文化祭当日。空は青く、涼しい風が吹き始めている。秋というにはまだはやいが、すぐそこまできているのだろうと思わせる心地よさだった。


 昨日までは無かった入り口のトーナメントも、中学生らしい青春の匂いがする。教室に付くと昨日の落ち込んだ雰囲気を全く感じさせない加奈が、『完売』と書いたTしゃつを着て意気込んでいた。


「今日はガッツリ売るでー!」

「「おー!」」

「まひるもはよ着替えんかい!」


 まるでアレキサンドロスの様な立ち直り方。アスリートだったからなのか、彼女のメンタルコントロールには関心する。


「完売って、売り切れたみたいに見えるけど?」

「これは意気込みや! うちに突っ込むんやったらアンタの相方に突っ込んどき!」


 相方? するとひなちゃんもクラスのTシャツに着替えている。


「『ないすばでぃ』って何で?」

「文化祭だし、女子力出していかないとね!」

「それって女子力なの??」

「男の子は言わないでしょ?」


 天才肌の言う事はイマイチ理解が出来ない。それでも彼女は楽しんでいるみたいだし、放っておこう。


 うちとは対照的に、菅野達は『let's dance』や『一致団結』とまともな事が書いてある。俺はそれをみて自分のTシャツには『ムスたん』とギターにつけた名前をかいておいた。


 準備が出来ると、校内の放送がかかり文化祭がはじまる。それに合わせた様に、教室の中は美味しそうな焼きそばのソースの匂いでいっぱいになった。

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