第34話 hung out paty

 宣伝を終えた頃には、明日の午後の準備をのこしてそれぞれ帰りの支度をしていた。近頃はあまり学校に残る事が出来ない事もあり、前もって準備ができる環境を作っているらしい。


「おつかれ!」


 帰りの支度をしていた俺たちに、雅人が声をかけてくる。明日はリハーサルの日、唯一俺たちが体育館で演奏が出来る日だ。


「今日ちょっと時間あるか?」


 彼はそう言うと、近くのファーストフード店に俺たちを誘う。


「俺は全然宣伝には参加出来なかったからな、今日は奢るよ」

「別にいいのに」

「いや、流石に何もしないのはな……」

「それやったら、みんなでバンド名決めへん?」

「そういえば当日発表だったか。明日はリハーサルでゆっくり相談も出来ないだろうし、チャットで決めるより良さそうだな!」


 俺たちはハンバーガーを頼むと、テーブルを囲った。本来なら一番最初にやる様な事なのだが、この一カ月普通のバンドがやる様な事はほとんど出来なかった。


「やっとバンドを始める感じだよな」

「まぁ、きっかけがアレだからね」

「普通のバンドは違うんか?」

「大体は方向性とバンド名を決める所からがスタートだな。いきなり曲やって、一人が曲を作ったのを無理矢理アレンジするなんてパターンはまず無いだろうな……」

「目的が勝負に勝つだったからね」


 思い返せばこの一カ月、色々な事があった。俺が入れ替わってしまったのはもちろんなのだが、それだけじゃ無い。


「ほんま、色々あったわ……」

「それよりバンド名決めないとダメだよね?」

「それなんだけど……俺も入っていいのか?」

「もうすぐ終わるかも知れないけど、今は雅人もちゃんとメンバーだよ」

「それならいいんだけど」


 文化祭が終われば、雅人はスターラインに入る。実質彼と出来るのはあと二日しかない。けれども、このバンドが、ライブ出来るまでになったのは間違いなく彼が居たからだ。


「ほなうちから、『ヒットエンドラン』」

「ちょっと野球から離れようよ」

「じゃあ俺は、『ビッグゴリラ』」

「いや、雅人はサポートだよね?」

「えっと私は……『ペロペロキャンディ』」

「ひなは際どい所攻めすぎ!」

「なら木下も出してみろよ?」


 俺は数々のバンド名を聞いて来ている。これを気に見本を見せてやろうではないか。


「『GO mustang』とかどう?」

「いやいや、それまひるのギターやん」

「それ絶対女の子居ないバンドだろ」

「私も、ギリギリを攻めてないと思う……」


 ひなちゃん? 何でギリギリ攻めるの?


「なら『ハンバーガーパーティ』なんてどうや?」

「今日のこれだし!」

「でも、面白いかも?」

「ひな的にはギリギリ攻めてるの?」

「ちょっと改造して『hung out paty』みたいにするとバンドっぽくならない?」

「でも、どう言ういみ?」

「えっと、【hung】は吊るすとか絞首刑とかそんな意味があって……」

「いやいや攻めすぎだろ! ギリギリというかアウトだよ!」

「違うの、そういう意味があるのに【hung out】になるとブラブラ過ごすとかデートするみたいな意味になるの!」

「それは面白いかもな。元ネタがハンバーガーパーティなのもイラストとかにしやすそうだしな」

「確かに……いいかも?」


 バックグラウンドがあるだけじゃない。音楽てきにもブラックメタル的な要素と対照的なフォークソング的な意味があって、西海岸的な匂いもする。何より女の子のバンドとしても違和感がない完璧なバンド名だ。


「木下もオッケーなら決まりだな!」

「うちも賛成や」

「そしたら『hung out paty』で当日発表だね」


 何気ない思いつきなのかも知れない。けれども、本来バンドというのは、些細な場面で決まるのだろうと思う。もちろん、戦略的に検索や並び順を意識しているバンドもあるだろう。それを活かすのも俺たちが作り上げていくストーリーなのだと俺は思っていた。


 リハーサル当日を迎えると、なんとも言えない緊張感が走る。ライブの経験は100や200じゃ無いおれですら、久しぶりのステージに心躍らせる物がある。


 リハーサルの順番は通常、ライブハウスなどでは良くある形の逆リハだ。これは出る順番の逆から行い、最後のセッティングで1番目のアーティストを迎えるというものだ。


 単純に配置の準備を逆にすればいい事もあって、比較的主流の方法だった。


 となると、菅野達のスプライトが先にリハーサルを行う事になる。ダンスのステージで終われば、片付けなどもしやすいからなのだろう。


 俺たちは、楽器の用意をして順番を待つ。それ以上に菅野達のステージが気になっていた。


 彼女達の構成は五人。二人がマイクを持っている事から、歌もあるのだろう。


「ほな、お手並み拝見といきましょか!」


 加奈は自信満々にベースを抱え、仁王立ちでステージを見つめる。リハーサルの都合上、客席から見れるのは一曲見れたらいい方だろう。


 ステージに立つと、それぞれが立ち位置を確認しながら手慣れた様子で印をつける。センターの二人がマイクを持つと反響を確認する様に声をだした。


「何やってんねや?」

「こないだ言ったでしょ、ザックリと音量や反響を確認しているんだよ」

「カラオケで最初に歌う時みたいな感じなんか?」

「まぁ、そんな感じだけど自分ではボリュームを調整出来ないからね」


 予定以上の音量が出ると、ハウリングや音割れが起きてしまう。PAと呼ばれる音を調整する人の力量にもよるのだけど、ある程度調整してから曲に合わせて会場にあった音を作る。


「菅野はやっぱり大分慣れてるみたいだな」


 曲が始まり歌い出す。まだ流れを確認しているだけで、本格的には動いていない。だが、それでも思っていた以上に歌が上手かった。


「ま、まあまあやな……」

「上手く聞かせるジャンルだからというのもあるけど、自信があるだけの事はあるよね」


 すると、ある程度感覚を掴んだのかそれぞれが立ち位置に戻る。二曲目が始まると同時に、まるでシンクロしている様な動きに変わった。


 これは、マズいかも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る